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秋元御書 (あきもと ごしょ)
別名、筒御器抄 (つつごき しょう).
日蓮大聖人 59歳 御作.

 

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あきもと ごしょ.
秋元 御書.

こうあん 3ねん いちがつ 59さい おんさく.
弘安 三年 一月 五十九歳 御作.

みのぶに おいて.
於 身延.

つつごき いちぐつき 30 ならびに さらつき 60 おくりたび そうらい おわんぬ.
筒御器 一具付 三十 並に 盞付 六十 送り 給び 候い 畢んぬ.

ごきと もうすは うつわものと よみ そうろう.
御器と 申すは うつはものと 読み 候.

だいち くぼければ みず たまる.
大地 くぼければ 水 たまる.

せいてん きよければ つき すめり.
青天 浄ければ 月 澄めり.

つき いでぬれば みず きよし.
月 出でぬれば 水 浄し.

あめ ふれば そうもく さかえたり.
雨 降れば 草木 昌へたり.

うつわは だいちの くぼきが ごとし.
器は 大地の くぼきが 如し.

みず たまるは いけに みずの いるが ごとし.
水 たまるは 池に 水の 入るが 如し.

つきの かげを うかぶるは ほけきょうの われらが みに いらせ たもうが ごとし.
月の 影を 浮ぶるは 法華経の 我等が 身に 入らせ 給うが 如し.

うつわに よっつの とが あり.
器に 四の 失 あり.

1には ふくと もうして うつぶける なり.
一には 覆と 申して うつぶける なり.

または くつがえす または ふたを おおう なり.
又は くつがへす 又は 蓋を おほふ なり.

2には ろと もうして みず もる なり.
二には 漏と 申して 水 もる なり.

3には うと もうして けがれたる なり.
三には ウと 申して けがれたる なり.

みず きよけれども ふんの いりたる うつわの みずをば もちゆる こと なし.
水 浄けれども 糞の 入りたる 器の 水をば 用ゆる 事 なし.

4には ざつ なり.
四には 雑 なり.

はんに あるいは ふん あるいは いし あるいは いさご あるいは つち なんどを まじえ ぬれば ひと くらう こと なし.
飯に 或は 糞 或は 石 或は 沙 或は 土 なんどを 雑へぬれば 人 食ふ 事 なし.

うつわは われらが しんしんを あらわす.
器は 我等が 身心を 表す.

われらが こころは うつわの ごとし.
我等が 心は 器の 如し.

くちも うつわ みみも うつわ なり.
口も 器 耳も 器 なり.

ほけきょうと もうすは ほとけの ちえの ほっすいを われらが こころに いれぬれば.
法華経と 申すは 仏の 智慧の 法水を 我等が 心に 入れぬれば.

あるいは うちかえし あるいは みみに きかじと さゆうの てを ふたつの みみに おおい.
或は 打ち返し 或は 耳に 聞かじと 左右の 手を 二つの 耳に 覆ひ.

あるいは くちに となえじと はきだしぬ.
或は 口に 唱へじと 吐き出しぬ.

たとえば うつわを ふくするが ごとし.
譬えば 器を 覆するが 如し.

あるいは すこし しんずる ようなれども また あくえんに おうて しんじん うすく なり.
或は 少し 信ずる 様なれども 又 悪縁に 値うて 信心 うすく なり.

あるいは うちすて あるいは しんずる ひは あれども すつる つきも あり.
或は 打ち捨て 或は 信ずる 日は あれども 捨つる 月も あり.

これは みずが もるが ごとし.
是は 水の 漏が 如し.

あるいは ほけきょうを ぎょうずる ひとの くちは なんみょうほうれんげきょう.
或は 法華経を 行ずる 人の 一口は 南無妙法蓮華経.

ひとくちは なむあみだぶつ なんど もうすは.
一口は 南無阿弥陀仏 なんど 申すは.

はんに ふんを まじえ いさごを いれたるが ごとし.
飯に 糞を 雑へ 沙石を 入れたるが 如し.

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ほけきょうの もんに 「ただ だいじょうきょうてんを じゅじ することを ねごうて.
法華経の 文に 「但 大乗経典を 受持 することを 楽うて.

ないし よきょうの いちげをも うけざれ」 とうと とくは これなり.
乃至 余経の 一偈をも 受けざれ」 等と 説くは 是なり.

せけんの がくしょうは ほけきょうに よぎょうを まじえても くるしからずと おもえり.
世間の 学匠は 法華経に 余行を 雑えても 苦しからずと 思へり.

にちれんも さこそ おもい そうらえども きょうもんは しからず.
日蓮も さこそ 思い 候へども 経文は 爾らず.

たとえば きさきの だいおうの たねを はらめるが.
譬えば 后の 大王の 種子を 妊めるが.

また たみと とつげば おうしゅと みんしゅと まじりて.
又 民と とつげば 王種と 民種と 雑りて.

てんの かごと うじがみの しゅごとに すてられ その くに やぶるる えんと なる.
天の 加護と 氏神の 守護とに 捨てられ 其の 国 破るる 縁と なる.

ちち ふたり できれば おうにも あらず.
父 二人 出来れば 王にも あらず.

たみにも あらず にんぴにん なり.
民にも あらず 人非人 なり.

ほけきょうの だいじと もうすは これなり.
法華経の 大事と 申すは 是なり.

しゅじゅくだつの ほうもん ほけきょうの かんじん なり.
種熟脱の 法門 法華経の 肝心 なり.

さんぜじっぽうの ほとけは かならず みょうほうれんげきょうの 5じを たねとして ほとけに なり たまえり.
三世十方の 仏は 必ず 妙法蓮華経の 五字を 種として 仏に なり 給へり.

なむあみだぶつは ぶっしゅには あらず.
南無阿弥陀仏は 仏種には あらず.

しんごん ごかい とうも たね ならず.
真言 五戒 等も 種 ならず.

よくよく このことを ならい たもうべし.
能く能く 此の 事を 習い 給べし.

これは ざつ なり.
是は 雑 なり.

この ふく ろ う ぞうの よっつの とがを はなれて そうろう うつわをば.
此の 覆 漏 ウ 雑の 四の 失を 離れて 候 器をば.

かんきと もうして まったき うつわ なり.
完器と 申して またき 器 なり.

ほりつつみ もらざれば みず うしなわる こと なし.
塹つつみ 漏らざれば 水 失る 事 なし.

しんじんの こころ まったければ びょうどうだいえの ちすい かわく こと なし.
信心の こころ 全ければ 平等大慧の 智水 乾く 事 なし.

いま この つつの ごきは かたく あつく そうろう うえ.
今 此の 筒の 御器は 固く 厚く 候 上.

うるし きよく そうらえば ほけきょうの ごしんりきの けんご なることを あらわし たもうか.
漆 浄く 候へば 法華経の 御信力の 堅固 なる事を 顕し 給うか.

びしゃもんてんは ほとけに よっつの はちを まいらせて してんげ だいいちの ふくてんと いわれ たもう.
毘沙門天は 仏に 四つの 鉢を 進らせて 四天下 第一の 福天と 云はれ 給ふ.

じょうとくふじんは うんらいおんのうぶつに 8まん4000の はちを くようし まいらせて みょうおんぼさつと なり たもう.
浄徳夫人は 雲雷音王仏に 八万四千の 鉢を 供養し 進らせて 妙音菩薩と 成り 給ふ.

いま ほけきょうに つつごき 30 さら 60 まいらせて.
今 法華経に 筒御器 三十 盞 六十 進らせて.

いかでか ほとけに ならせ たまわざるべき.
争か 仏に 成らせ 給はざるべき.

そもそも にほんこくと もうすは 10の な あり.
抑 日本国と 申すは 十の 名 あり.

ふそう やまと みずほ あきつしま とう なり.
扶桑 野馬台 水穂 秋津洲 等 なり.

べっしては 66かこく しま 2つ ながさ 3000より ひろさは ふじょう なり.
別しては 六十六箇国 島 二つ 長さ 三千余里 広さは 不定 なり.

あるいは 100り あるいは 500り とう.
或は 百里 或は 五百里 等.

ごき しちどう ぐんは 586 ごうは 3729.
五畿 七道 郡は 五百八十六 郷は 三千七百二十九.

たの しろは じょうでん 1まん1120ちょう.
田の 代は 上田 一万一千一百二十町.

ないし 88まん5567ちょう.
乃至 八十八万五千五百六十七町.

にんずうは 49おく8まん9658にん なり.
人数は 四十九億八万九千六百五十八人 なり.

じんじゃは 3132しゃ てらは 1まん1037しょ.
神社は 三千一百三十二社 寺は 一万一千三十七所.

おとこは 19おく9まん4828にん.
男は 十九億九万四千八百二十八人.

おんなは 29おく9まん4830にん なり.
女は 二十九億九万四千八百三十人 なり.

その おとこの なかに ただ にちれん だいいちの ものなり.
其の 男の 中に 只 日蓮 第一の 者なり.

なにごとの だいいちと ならば なんにょに にくまれたる だいいちの ものなり.
何事の 第一と ならば 男女に 悪まれたる 第一の 者なり.

その ゆえは にほんこくに くに おおく ひと おおしと いえども.
其の 故は 日本国に 国 多く 人 多しと 云へども.

その こころ いちどうに なむあみだぶつを くちずさみと す.
其の 心 一同に 南無阿弥陀仏を 口ずさみと す.

あみだぶつを ほんぞんとし くほうを きらいて さいほうを ねがう.
阿弥陀仏を 本尊とし 九方を 嫌いて 西方を 願う.

たとい ほけきょうを ぎょうずる ひとも しんごんを おこなう ひとも.
設い 法華経を 行ずる 人も 真言を 行ふ 人も.

かいを たもつ ものも ちしゃも ぐにんも よぎょうを かたわらとして.
戒を 持つ 者も 智者も 愚人も 余行を 傍として .

ねんぶつを せいとし つみを けさん はかりごとは みょうごう なり.
念仏を 正とし 罪を 消さん 謀は 名号 なり.

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ゆえに あるいは 6まん 8まん 48まんべん あるいは 10ぺん ひゃっぺん 1000べん なり.
故に 或は 六万 八万 四十八万返 或は 十返 百返 千返 なり.

しかるを にちれん ひとり あみだぶつは むけんの ごう ぜんしゅうは てんまの しょい.
而るを 日蓮 一人 阿弥陀仏は 無間の 業 禅宗は 天魔の 所為.

しんごんは ぼうこくの あくほう りっしゅう じさい とうは こくぞくなりと もうす ゆえに.
真言は 亡国の 悪法 律宗 持斎 等は 国賊 なりと 申す 故に.

かみ いちにん より しもばんみんに いたるまで ふぼの かたき しゅくぜの かたき.
上 一人 より 下 万民に 至るまで 父母の 敵 宿世の 敵.

むほん ようち ごうとう よりも あるいは おそれ あるいは いかり あるいは のり あるいは うつ.
謀叛 夜討 強盗 よりも 或は 畏れ 或は 瞋り 或は 詈り 或は 打つ.

これを そしる ものには しょりょうを あたえ これを ほむる ものをば その うちを いだし.
是を 謗る 者には 所領を 与へ 是を 讃むる 者をば 其の 内を 出だし.

あるいは かりょうを ひかせ さつがい したる ものをば ほうび なんど せらるる うえ.
或は 過料を 引かせ 殺害 したる 者をば 褒美 なんど せらるる 上.

りょうど まで ごかんきを こうむれり.
両度 まで 御勘気を 蒙れり.

とうせい だいいちの ふしぎの ものたる のみならず.
当世 第一の 不思議の 者たる のみならず.

にんのう 90だい ぶっぽう わたりて 700よねん なれども かかる ふしぎの ものなし.
人王 九十代 仏法 渡りては 七百余年 なれども かかる 不思議の 者なし.

にちれんは ぶんえいの だいすいせいの ごとし.
日蓮は 文永の 大彗星の 如し.

にほんこくに むかしより なき てんぺん なり.
日本国に 昔より 無き 天変 なり.

にちれんは しょうかの おおじしんの ごとし.
日蓮は 正嘉の 大地震の 如し.

あきつしまに はじめての ちよう なり.
秋津洲に 始めての 地夭 なり.

にほんこくに よ はじまりて より すでに むほんの もの 26にん.
日本国に 代 始まりて より 已に 謀叛の 者 二十六人.

だいいちは おおやまのおうじ だいには おおいしのやままる.
第一は 大山の王子 第二は 大石の山丸.

ないし だい25にんは よりとも だい26にんは よしとき なり.
乃至 第二十五人は 頼朝 第二十六人は 義時 なり.

24にんは ちょうに せめられ たてまつり ごくもんに くびを かけられさんやに かばねを さらす.
二十四人は 朝に 責められ 奉り 獄門に 首を 懸けられ 山野に 骸を 曝す.

ふたりは おういを かたむけ たてまつり.
二人は 王位を 傾むけ 奉り.

くにじゅうを てに にぎる おうほう すでに つきぬ.
国中を 手に 拳る 王法 既に 尽きぬ.

これらの ひとびとも にちれんが ばんにんに あだまるるに すぎず.
此等の 人人も 日蓮が 万人に 悪まるるに 過ぎず.

その よしを たずぬれば ほけきょうには さいだいいちの もん あり.
其の 由を 尋ぬれば 法華経には 最第一の 文 あり.

しかるを こうぼうだいしは ほけきょうさいだい3 じかくだいしは ほっけ さいだい2.
然るを 弘法大師は 法華最第三 慈覚大師は 法華 最第二.

ちしょうだいしは じかくの ごとし.
智証大師は 慈覚の 如し.

いま えいざん とうじ おんじょうじの しょそう.
今 叡山 東寺 園城寺の 諸僧.

ほけきょうに むかいては ほっけさいだいいちと よめども.
法華経に 向いては 法華最第一と 読めども.

その ぎをば だい2 だい3と よむなり.
其の 義をば 第二 第三と 読むなり.

くげと ぶけとは しさいは しろしめさねども ごきえの こうそうら.
公家と 武家とは 子細は 知ろしめさねども 御帰依の 高僧等.

みな このぎ なれば しだん いちどうの ぎ なり.
皆 此の義 なれば 師檀 一同の 義 なり.

そのほか ぜんしゅうは きょうげべつでんと うんぬん.
其の外 禅宗は 教外別伝と 云云.

ほけきょうを べつじょ する ことば なり.
法華経を 蔑如 する 言 なり.

ねんぶつしゅうは せんちゅうむいち みういちにんとくしゃと もうす こころは.
念仏宗は 千中無一 未有一人得者と 申す 心は.

ほけきょうを ねんぶつに たいして あげて うしなう ぎ なり.
法華経を 念仏に 対して 挙げて 失ふ 義 なり.

りっしゅうは しょうじょう なり.
律宗は 小乗 なり.

しょうほうの ときすら ほとけ ゆるし たもう こと なし.
正法の 時すら 仏 免し 給う 事 なし.

いわんや まっぽうに これを ぎょうじて こくしゅを おうわくし たてまつるをや.
況や 末法に 是を 行じて 国主を 誑惑し 奉るをや.

だっき ばっき ほうじの 3じょが さんおうを たぼらかして よを うしないしが ごとし.
妲己 妺喜 褒似の 三女が 三王を 誑らかして 代を 失いしが 如し.

かかる あくほう くにに るふして ほけきょうを うしなう ゆえに.
かかる 悪法 国に 流布して 法華経を 失う 故に.

あんとく たかなり とうの だいおう てんしょうだいじん しょうはちまんに すてられ たまいて.
安徳 尊成 等の 大王 天照太神 正八幡に 捨てられ 給いて.

あるいは うみに しずみ あるいは しまに はなたれ たまい そうでんの しょじゅう とうに かたむけられ たまいしは.
或は 海に 沈み 或は 島に 放たれ 給い 相伝の 所従 等に 傾けられ 給いしは.

てんに すてられさせ たもう ゆえぞかし.
天に 捨てられさせ 給う 故ぞかし.

ほけきょうの おんてきを ごきえ あり しかども.
法華経の 御敵を 御帰依 有り しかども.

これを しる ひと なければ その とがを しる ことも なし.
是を 知る 人 なければ 其の 失を 知る 事も なし.

「ちじんは きを しり じゃは みずから じゃを しる」とは これなり.
「智人は 起を 知り 蛇は 自ら 蛇を 識る」とは 是なり.

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にちれんは ちじんに あらざれども へびは りゅうの こころを しり からすの よの きっきょうを はかるが ごとし.
日蓮は 智人に 非ざれども 蛇は 竜の 心を 知り 烏の 世の 吉凶を計るが 如し.

このこと ばかりを かんがえて そうろうなり.
此の事 計りを 勘へ得て 候なり.

このことを もうす ならば しゅゆにとがに あたるべし.
此の事を 申す ならば 須臾に 失に 当るべし.

もうさずば また あびだいじょうに おつべし.
申さずば 又 大阿鼻地獄に 堕つべし.

ほけきょうを ならうには みっつの ぎ あり.
法華経を 習うには 三の 義 あり.

1には ぼうじん しょういびく くがんびく むくろんし だいまんばらもん とうが ごとし.
一には 謗人 勝意比丘 苦岸比丘 無垢論師 大慢婆羅門 等が 如し.

かれらは さんねを みに まとい いっぱちを まなこに あてて 250かいを かたく たもちて.
彼等は 三衣を 身に 纒い 一鉢を 眼に 当てて 二百五十戒を 堅く 持ちて.

しかも だいじょうの しゅうてきと なりて むけんだいじょうに おちにき.
而も 大乗の 讎敵と 成りて 無間大城に 堕ちにき.

いま にほんこくの こうぼう じかく ちしょう とうは じかいは かれらが ごとく.
今 日本国の 弘法 慈覚 智証 等は 持戒は 彼等が 如く.

ちえは また かの びくに ことならず.
智慧は 又 彼 比丘に 異ならず.

ただ だいにちきょう しんごん だいいち ほけきょう だいに だいさんと もうす こと.
但 大日経 真言第一 法華経第二 第三と 申す 事.

ひゃくせんに ひとつも にちれんが もうす ようならば むけんだいじょうにや おわすらん.
百千に 一つも 日蓮が 申す 様ならば 無間大城にや おはすらん.

このことは もうすも おそれ あり.
此の事は 申すも 恐れ あり.

まして かき つくるまでは いかんと おもい そうらえども.
増して 書き 付くるまでは 如何と 思い 候へども.

ほけきょう さいだいいちと とかれて そうろうに これを 2 3 とうと よまん ひとを きいて.
法華経 最第一と 説かれて 候に 是を 二 三 等と 読まん 人を 聞いて.

ひとを おそれ くにを おそれてもうさずば そくぜひおんと もうして.
人を 恐れ 国を 恐れて 申さずば 即是彼怨と 申して.

いっさいしゅじょうの だいおんてき なるべき よし.
一切衆生の 大怨敵 なるべき 由.

きょうと しゃくとに のせられて そうらえば もうし そうろう なり.
経と 釈とに のせられて 候へば 申し 候 なり.

ひとを おそれず よを はばからず いうこと.
人を 恐れず 世を 憚からず 云う事.

われ しんみょうを あいせず ただ むじょうどうを おしむと もうすは これなり.
我不愛身命 但惜無上道と 申すは 是なり.

ふきょうぼさつの あっく じょうせきも たじに あらず.
不軽菩薩の 悪口 杖石も 他事に 非ず.

せけんを おそれざるに あらず.
世間を 恐れざるに 非ず.

ただ ほけきょうの せめの く なればなり.
唯 法華経の 責めの 苦 なればなり.

れいせば すけなり ときむねが たいしょうどのの じんの うちを えらばざりしは.
例せば 祐成 時宗が 大将殿の 陣の 内を 簡ばざりしは.

かたきの こいしく はじの かなしかりし ゆえぞかし.
敵の 恋しく 恥の 悲しかりし 故ぞかし.

これは ぼうじん なり.
此れは 謗人 なり.

ぼうけと もうすは すべて いちごの あいだ ほけきょうを ぼうぜず.
謗家と 申すは 都て 一期の 間 法華経を 謗ぜず.

ちゅうや 12じに ぎょうずれども ぼうけに うまれぬれば かならず むけんじごくに おつ.
昼夜 十二時に 行ずれども 謗家に 生れぬれば 必ず 無間地獄に 堕つ.

れいせば しょういびくに くがんびくの いえに うまれて.
例せば 勝意比丘 苦岸比丘の 家に 生まれて.

あるいは でしと なり あるいは だんなと なりし ものどもが.
或は 弟子と なり 或は 檀那と 成りし 者共が.

こころならず むけんじごくに おちたる これなり.
心ならず 無間地獄に 堕ちたる 是なり.

たとえば よしもりが かたの もの いくさを せしものは さておきぬ.
譬えば 義盛が 方の 者 軍を せし者は さて置きぬ.

はらの うちに ありし こも うむを またれず.
腹の 内に 有りし 子も 産を 待たれず.

ははの はらを さかれしが ごとし.
母の 腹を 裂かれしが 如し.

いま にちれんが もうす こうぼう じかく ちしょうの さんだいしの.
今 日蓮が 申す 弘法 慈覚 智証の 三大師の.

ほけきょうを ただしく むみょうの へんいき こもうの ほうと かかれて そうろうは.
法華経を 正しく 無明の 辺域 虚妄の 法と 書かれて 候は.

もし ほけきょうの もん まこと ならば.
若し 法華経の 文 実 ならば.

えいざん とうじ おんじょうじ しちだいじ にほん.
叡山 東寺 園城寺 七大寺 日本.

1まん1037しょの てらでらの そうは いかんが そうらわん ずらん.
一万一千三十七所の 寺寺の 僧は 如何が 候はん ずらん.

せんれいの ごとく ならば むけんだいじょう うたがい なし.
先例の 如く ならば 無間大城 疑 無し.

これは ぼうけ なり.
是れは 謗家 なり.

ぼうこくと もうすは ほうぼうの もの.
謗国と 申すは 謗法の 者.

その くにに じゅうすれば その いっこく みな むけんだいじょうに なるなり.
其の 国に 住すれば 其の 一国 皆 無間大城に なるなり.

たいかいへは いっさいの みず あつまり その くには いっさいの わざわい あつまる.
大海へは 一切の 水 集り 其の 国は 一切の 禍 集まる.

たとえば やまに そうもくの しげきが ごとし.
譬えば 山に 草木の 滋きが 如し.

→a1074

b1075

3さい つきづきに かさなり しちなん ひびに きたる.
三災 月月に 重なり 七難 日日に 来る.

けかち おこれば その くに がきどうと へんじ.
飢渇 発れば 其の 国 餓鬼道と 変じ.

えきびょう なれば その くに じごくどうと なる.
疫病 重なれば 其の 国 地獄道と なる.

いくさ おこれば その くに しゅらどうと へんず.
軍 起れば 其の 国 修羅道と 変ず.

ふぼ きょうだい しまいを ばえらばず つまとし おっとと たのめば その くに ちくしょうどうと なる.
父母 兄弟 姉妹をば 簡ず 妻とし 夫と 憑めば 其の 国 畜生道と なる.

しして さんあくどうに おつるには あらず.
死して 三悪道に 堕つるには あらず.

げんしんに その くに しあくどうと へんずる なり.
現身に 其の 国 四悪道と 変ずる なり.

これを ぼうこくと もうす.
此れを 謗国と 申す.

れいせば だいしょうごんぶつの まっぽう ししおんのうぶつの じょくせの ひとびとの ごとし.
例せば 大荘厳仏の 末法 師子音王仏の 濁世の 人人の 如し.

また ほうおんきょうに とかれて そうろうが ごとくんば.
又 報恩経に 説かれて 候が 如くんば.

かこせる ふぼ きょうだい しまい いっさいの ひと.
過去せる 父母 兄弟 姉妹 一切の 人.

しせるを しょくし また いきたるを しょくす.
死せるを 食し 又 生たるを 食す.

いま にほんこく またまた かくの ごとし.
今 日本国 亦復 是くの 如し.

しんごんし ぜんしゅう じさい とう ひとを しょくするもの くにじゅうに じゅうまんせり.
真言師 禅宗 持斎 等 人を 食する 者 国中に 充満せり.

これ ひとえに しんごんの じゃほう より こと おこれり.
是 偏に 真言の 邪法 より 事 起れり.

りゅうぞうぼうが ひとを くいしは まんがいち あらわれたる なり.
竜象房が 人を 食いしは 万が一 顕れたる なり.

かれに ならいて ひとの にくを あるいは い しかに まじえ.
彼に 習いて 人の 肉を 或は 猪 鹿に 交へ.

あるいは うお とりに きり まじえ あるいは たたき くわえ.
或は 魚 鳥に 切り 雑へ 或は たたき 加へ.

あるいは すしとして うる.
或は すしとして 売る.

しょくする もの かずを しらず.
食する 者 数を 知らず.

みな てんに すてられ しゅごの ぜんじんに はなされたるが ゆえなり.
皆 天に 捨てられ 守護の 善神に 放されたるが 故なり.

けっくは この くに たこく より せめられ じこく どうしうちして.
結句は 此の 国 他国 より 責められ 自国 どし打ちして.

この くに へんじて むけんじごくと なるべし.
此の 国 変じて 無間地獄と 成るべし.

にちれん この だいなる とがを かねて みし ゆえに.
日蓮 此の 大なる 失を 兼て 見し 故に.

よどうざいの とがを まぬがれんが ため ほとけの かしゃくを おもう ゆえに.
与同罪の 失を 脱れんが 為め 仏の 呵責を 思う 故に.

ちおん ほうおんの ために くにの おんを ほうぜんと おもいて.
知恩 報恩の 為め 国の 恩を 報ぜんと 思いて.

こくしゅ ならびに いっさいしゅじょうに つげ しらしめし なり.
国主 並に 一切衆生に 告げ 知らしめし なり.

ふせっしょうかいと もうすは いっさいの しょかいの なかの だいいち なり.
不殺生戒と 申すは 一切の 諸戒の 中の 第一 なり.

ごかいの はじめにも ふせっしょうかい はっかい じっかい 250かい 500かい.
五戒の 初めにも 不殺生戒 八戒 十戒 二百五十戒 五百戒.

ぼんもうの じゅうじゅうごんかい けごんの じゅうむじんかい.
梵網の 十重禁戒 華厳の 十無尽戒.

ようらくきょうの じっかい とうの はじめには みな ふせっしょうかい なり.
瓔珞経の 十戒 等の 初めには 皆 不殺生戒 なり.

じゅけの 3000の いましめの なかにも たいへき こそ だいいちにて そうらえ.
儒家の 三千の 禁の 中にも 大辟 こそ 第一にて 候へ.

その ゆえは 「へんまん3000かい むうじきしんみょう」と もうして.
其の 故は 「ヘン満三千界 無有直身命」と 申して.

3000せかいに みつる ちんぽう なれども いのちに かわる ことは なし.
三千世界に 満つる 珍宝 なれども 命に 替る 事は なし.

ありを ころす もの なお じごくに おつ.
蟻子を 殺す 者 尚 地獄に 堕つ.

いわんや うお とり とうをや.
況や 魚 鳥 等をや.

あおくさを きるもの なお じごくに おつ.
青草を 切る者 猶 地獄に 堕つ.

いわんや しがいを きる ものをや.
況や 死骸を 切る 者をや.

かくの ごとき じゅうかい なれども ほけきょうの かたきに なれば.
是くの 如き 重戒 なれども 法華経の 敵に 成れば.

これを がいするは だいいちの くどくと とき たもうなり.
此れを 害するは 第一の 功徳と 説き 給うなり.

いわんや くようを のぶ べけんや.
況や 供養を 展ぶ 可けんや.

ゆえに せんよこくおうは 500にんの ほっしを ころし.
故に 仙予国王は 五百人の 法師を 殺し.

かくとくびくは むりょうの ほうぼうの ものを ころし.
覚徳比丘は 無量の 謗法の 者を 殺し.

あそかだいおうは 10まん8000の げどうを ころし たまいき.
阿育大王は 十万八千の 外道を 殺し 給いき.

これらの こくおう びくらは えんぶだい だいいちの けんのう.
此等の 国王 比丘 等は 閻浮第一の 賢王.

じかい だいいちの ちしゃ なり.
持戒 第一の 智者 なり.

せんよこくおうは しゃかぶつ かくとくびくは かしょうぶつ あそかだいおうは とくどうの ひと なり.
仙予国王は 釈迦仏 覚徳比丘は 迦葉仏 阿育大王は 得道の 仁 なり.

いま にほんこくも また かくの ごとし.
今 日本国も 又 是くの 如し.

じかい はかい むかい おうしん ばんみんを ろんぜず.
持戒 破戒 無戒 王臣 万民を 論ぜず.

いちどうに ほけきょう ひぼうの くに なり.
一同に 法華経 誹謗の 国 なり.

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b1076

たとい みの かわを はぎて ほけきょうを かき たてまつり にくを つんで くようし たもうとも.
設い 身の 皮を はぎて 法華経を 書き 奉り 肉を 積んで 供養し 給うとも.

かならず くにも ほろび みも じごくに おち たもうべき だいなる とが あり.
必ず 国も 滅び 身も 地獄に 堕ち 給うべき 大なる 科 あり.

ただ しんごんしゅう ねんぶつしゅう ぜんしゅう じさい とうを いましめて みを ほけきょうに よせよ.
唯 真言宗 念仏宗 禅宗 持斎 等を 禁めて 身を 法華経に よせよ.

てんだいの 60かんを そらに うかべて こくしゅ とうには ちじんと おもわれたる ひとびとの.
天台の 六十巻を 空に 浮べて 国主 等には 智人と 思われたる 人人の.

あるいは ちの およばざるか.
或は 智の 及ばざるか.

あるいは しれども よを おそるるかの ゆえに.
或は 知れども 世を 恐るるかの 故に.

あるいは しんごんしゅうを ほめ あるいは ねんぶつ ぜん りつ とうに どうずれば.
或は 真言宗を ほめ 或は 念仏 禅 律 等に 同ずれば.

かれらが だいかには 100 1000を こえて そうろう.
彼等が 大科には 百 千 超えて 候.

れいせば しげよし よしむら とうが ごとし.
例せば 成良 義村 等が 如し.

じおんだいしは げんさん じっかんを つくりて ほけきょうを ほめて じごくに おつ.
慈恩大師は 玄賛 十巻を 造りて 法華経を 讃めて 地獄に 堕つ.

この ひとは たいそうこうていの おんし げんじょう さんぞうの じょうそく.
此の 人は 太宗皇帝の 御師 玄奘三蔵の 上足.

11めんかんのんの こうしんと もうすぞかし.
十一面観音の 後身と 申すぞかし.

こえは ほけきょうに にたれども こころは にぜんの きょうに どうずる ゆえなり.
音は 法華経に 似たれども 心は 爾前の 経に 同ずる 故なり.

かじょうだいしは ほっけげん じっかんを つくりて すでに むけんじごくに おつべかりしが.
嘉祥大師は 法華玄 十巻を 造りて 既に 無間地獄に 堕つべかりしが.

ほけきょうを よむことを うちすてて てんだいだいしに つかえしかば.
法華経を 読む 事を 打ち 捨てて 天台大師に 仕えしかば.

じごくの くを まぬがれ たまいき.
地獄の 苦を 脱れ 給いき.

いま ほっけしゅうの ひとびとも また かくの ごとし.
今 法華宗の 人人も 又 是くの 如し.

ひえいざんは ほけきょうの ごじゅうしょ.
比叡山は 法華経の 御住所.

にほんこくは いちじょうの おんしょりょう なり.
日本国は 一乗の 御所領 なり.

しかるを じかくだいしは ほけきょうの ざすを うばいとりて しんごんの ざすと なし.
而るを 慈覚大師は 法華経の 座主を 奪い取りて 真言の 座主と なし.

3000の たいしゅうも また その しょじゅうと なりぬ.
三千の 大衆も 又 其の 所従と 成りぬ.

こうぼうだいしは ほっけしゅうの だんなにて おわします.
弘法大師は 法華宗の 檀那にて 御坐ます.

さがのてんのうを うばいとりて だいりを しんごんしゅうの てらと なせり.
嵯峨の天皇を 奪い取りて 内裏を 真言宗の 寺と 成せり.

あんとくてんのうは みょううんざすを しとして よりともの あそんを ちょうぶく せさせ たまいし ほどに.
安徳天皇は 明雲座主を 師として 頼朝の 朝臣を 調伏 せさせ 給いし 程に.

うだいしょうどのに ばっせらるる のみならず.
右大将殿に 罰せらるる のみならず.

あんとくは さいかいに しずみ みょううんは よしなかに ころされ たまいき.
安徳は 西海に 沈み 明雲は 義仲に 殺され 給いき.

たかなりおうは てんだいざす じえんそうじょう とうじ おむろ.
尊成王は 天台座主 慈円僧正 東寺 御室.

ならびに 41にんの こうそう とうを せいげし たてまつり.
並に 四十一人の 高僧等を 請下し 奉り.

だいりに だいだんを たてて よしとき うきょうの ごんの たいふどのを ちょうぶく せしほどに.
内裏に 大壇を 立てて 義時 右京の 権の 大夫殿を 調伏 せし程に.

しちにちと もうせし 6がつ じゅうよっかに らくよう やぶれて.
七日と 申せし 六月 十四日に 洛陽 破れて.

おうは おきのくに あるいは さどのしまに うつされ.
王は 隠岐の国 或は 佐渡の島に 遷され.

ざす おむろは あるいは せめられ あるいは おもいじに しに たまいき.
座主 御室は 或は 責められ 或は 思い死に 死に 給いき.

せけんの ひとびと この こんげんを しること なし.
世間の 人人 此の 根源を 知る事 なし.

これ ひとえに ほけきょう だいにちきょうの しょうれつに まよえる ゆえなり.
此れ 偏に 法華経 大日経の 勝劣に 迷える 故なり.

いまも また にほんこく だいもうここくの せめを えて.
今も 又 日本国 大蒙古国の 責を 得て.

かの ふきつの ほうを もって ごちょうぶくを おこなわると うけたまわる.
彼の 不吉の 法を 以て 御調伏を 行わると 承わる.

また にっき ふんみょう なり.
又 日記 分明 なり.

この ことを しらん ひと いかでか なげかざるべき.
此の 事を 知らん 人 争か 歎かざるべき.

かなしいかな われら ひぼうしょうほうの くにに うまれて だいくに あわん ことよ.
悲いかな 我等 誹謗正法の 国に 生れて 大苦に 値はん 事よ.

たとい ぼうしんは のがると いうとも ぼうけ ぼうこくの とが いかんがせん.
設い 謗身は 脱ると 云うとも 謗家 謗国の 失 如何せん.

ぼうけの とがを のがれんと おもわば ふぼきょうだい とうに この ことを かたり もうせ.
謗家の 失を 脱れんと 思はば 父母 兄弟 等に 此の 事を 語り 申せ.

あるいは あだまるるか あるいは しんぜさせ まいらするか.
或は 悪まるるか 或は 信ぜさせ まいらするか.

ぼうこくの とがを のがれんと おもわば こくしゅを かんぎょうし たてまつりて.
謗国の 失を 脱れんと 思はば 国主を 諫暁し 奉りて.

しざいか るざいかに おこなわる べきなり.
死罪か 流罪かに 行わる べきなり.

われ しんみょうを あいせず ただ むじょうどうを おしむと とかれ.
我不愛身命 但惜無上道と 説かれ.

しんきょうほうじゅう ししんぐほうと しゃくせ られし これなり.
身軽法重 死身弘法と 釈せ られし 是なり.

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b1077

かこ おんのんごう より いまに ほとけに ならざりける ことは.
過去 遠遠劫 より 今に 仏に 成らざりける 事は.

かようの ことに おそれて いい いださざりける ゆえなり.
加様の 事に 恐れて 云い 出さざりける 故なり.

みらいも またまた かくの ごとく なるべし.
未来も 亦復 是くの 如く なるべし.

いま にちれんが みに あたりて つみしられて そうろう.
今 日蓮が 身に 当りて つみ 知られて 候.

たとい このことを しる でしらの なかにも.
設い 此の事を 知る 弟子等の 中にも.

とうせいの せめの おそろしさと もうし つゆの みの きえがたきに よりて.
当世の 責の おそろしさと 申し 露の 身の 消え難きに 依りて.

あるいは おち あるいは こころ ばかりは しんじ あるいは とこうす.
或は 落ち 或は 心 計りは 信じ 或は とかうす.

おんきょうの もんに なんしんなんげと とかれて そうろうが.
御経の 文に 難信難解と 説かれて 候が.

みに あたって たっとく おぼえ そうろうぞ.
身に 当つて 貴く 覚え 候ぞ.

ぼうずる ひとは だいちみじんの ごとし.
謗ずる 人は 大地微塵の 如し.

しんずる ひとは そうじょうの どの ごとし.
信ずる 人は 爪上の 土の 如し.

ぼうずる ひとは たいかい すすむ ひとは いったい.
謗ずる 人は 大海 進む 人は 一渧.

てんだいさんに りゅうもんと もうす ところ あり.
天台山に 竜門と 申す 所 あり.

その たき 100じょう なり.
其の 滝 百丈 なり.

はるの はじめに うお あつまりて この たきへ のぼるに.
春の 始めに 魚 集りて 此の 滝へ 登るに.

100 1000に ひとつも のぼる うおは りゅうと なる.
百千に 一つも 登る 魚は 竜と 成る.

この たきの はやき こと やにも すぎ でんこうにも すぎたり.
此の 滝の 早き 事 矢にも 過ぎ 電光にも 過ぎたり.

のぼりがたき うえに はるの はじめに この たきに ぎょふ あつまりて うおを とる.
登りがたき 上に 春の 始めに 此の 滝に 漁父 集りて 魚を 取る.

あみを かくる こと 100 1000 じゅう.
網を 懸くる 事 百 千 重.

あるいは いて とり あるいは くんで とる.
或は 射て 取り 或は 酌んで 取る.

わし くまたか とび ふくろう とら おおかみ いぬ きつね あつまりて ちゅうやに とり くらうなり.
鷲 鵰 鴟 梟 虎 狼 犬 狐 集りて 昼夜に 取り くらふなり.

10ねん 20ねんに ひとつも りゅうと なる うお なし.
十年 二十年に 一つも 竜と なる 魚 なし.

れいせば ぼんげの ものの しょうでんを のぞみ げじょが きさきと ならんと するが ごとし.
例せば 凡下の 者の 昇殿を 望み 下女が 后と 成らんと するが 如し.

ほけきょうを しんずる こと これにも すぎて そうろうと おぼしめせ.
法華経を 信ずる 事 此にも 過ぎて 候と 思食せ.

つねに ほとけ いましめて いわく.
常に 仏 禁しめて 言く.

いかなる じかい ちえ たかく おわして.
何なる 持戒 智慧 高く 御坐して.

いっさいきょう ならびに ほけきょうを しんたいせる ひと なりとも.
一切経 並に 法華経を 進退せる 人 なりとも.

ほけきょうの かたきを みて せめ のり.
法華経の 敵を 見て 責め 罵り.

こくしゅにも もうさず ひとを おそれて もくし する ならば.
国主にも 申さず 人を 恐れて 黙止 する ならば.

かならず むけんだいじょうに おつべし.
必ず 無間大城に 堕つべし.

たとえば われは むほんを おこさねども むほんの ものを しりて.
譬えば 我は 謀叛を 発さねども 謀叛の 者を 知りて.

こくしゅにも もうさねば よどうざい かの むほんの ものの ごとし.
国主にも 申さねば 与同罪は 彼の 謀叛の 者の 如し.

なんがくだいしの いわく「ほけきょうの あだを みて かしゃく せざるものは ほうぼうの ものなり.
南岳大師の 云く「法華経の 讎を 見て 呵責 せざる 者は 謗法の 者なり.

むけんじごくの うえに おちん」 と.
無間地獄の 上に 堕ちん」 と.

みて もうさぬ だいちしゃは むけんの そこに おちて かの じごくの あらん かぎりは いず べからず.
見て 申さぬ 大智者は 無間の 底に 堕ちて 彼の 地獄の 有らん 限りは 出ず べからず.

にちれん この いましめを おそるる ゆえに くにじゅうを せめて そうろう ほどに.
日蓮 此の 禁めを 恐るる 故に 国中を 責めて 候程に.

いちど ならず るざい しざいに およびぬ.
一度 ならず 流罪 死罪に 及びぬ.

いまは つみも きえ とがも のがれ なんと おもいて.
今は 罪も 消え 過も 脱れなんと 思いて.

かまくらを さりて この やまに いって しちねん なり.
鎌倉を 去りて 此の 山に 入つて 七年 なり.

この やまの ていたらく にほんこくの なかには しちどう あり.
此の 山の 為体 日本国の 中には 七道 あり.

しちどうの うちに とうかいどう 15かこく.
七道の 内に 東海道 十五箇国.

その うちに こうしゅう いいの みまき はきいの さんかごうの うちはきいと もうす.
其の 内に 甲州 飯野 御牧 波木井の 三箇郷の 内 波木井と 申す.

この ごうの うち いぬいの かたに いりて 20よりの しんざん あり.
此の 郷の 内 戌亥の 方に 入りて 二十余里の 深山 あり.

きたは みのぶさん みなみは たかとりやま にしは しちめんざん ひがしは てんしざん なり.
北は 身延山 南は 鷹取山 西は 七面山 東は 天子山 なり.

いたを 4まい ついたて たるがごとし.
板を 四枚 つい立て たるが如し.

この そとを めぐりて 4つの かわ あり.
此の 外を 回りて 四つの 河 あり.

きた より みなみへ ふじがわ にし より ひがしへ はやかわ.
北 より 南へ 富士河 西 より 東へ 早河.

これは あと なり.
此れは 後 なり.

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b1078

まえに にし より ひがしへ はきいがわの うちに ひとつの たき あり.
前に 西 より 東へ 波木井河の 内に 一つの 滝 あり.

みのぶがわと なづけ たり.
身延河と 名け たり.

ちゅうてんじくの じゅほうせんを この ところに うつせるか.
中天竺の 鷲峰山を 此の 処へ 移せるか.

はたまた かんどの でんだいさんの きたれるかと おぼゆ.
将又 漢土の 天台山の 来れるかと 覚ゆ.

この しざん しがの なかに ての ひろさ ほどの たいらか なる ところ あり.
此の 四山 四河の 中に 手の 広さ 程の 平か なる 処 あり.

ここに あんしつを むすんで てんうを のがれ.
爰に 庵室を 結んで 天雨を 脱れ.

きの かわを はぎて しへきとし じしの しかの かわを ころもとし.
木の 皮を はぎて 四壁とし 自死の 鹿の 皮を 衣とし.

はるは わらびを おりて みを やしない.
春は 蕨を 折りて 身を 養ひ.

あきは このみを ひろいて いのちを ささえ そうらいつる ほどに.
秋は 果を 拾いて 命を 支へ 候つる 程に.

こぞ 11がつ より ゆき ふりつみて かいねんの しょうがつ いまに たえる こと なし.
去年 十一月 より 雪 降り積て 改年の 正月 今に 絶る 事 なし.

あんしつは しちしゃく ゆきは いちじょう しへきは こおりを かべとし.
庵室は 七尺 雪は 一丈 四壁は 冰を 壁とし.

のきの つららは どうじょう そうごんの ようらくの たまに にたり.
軒の つららは 道場 荘厳の 瓔珞の 玉に 似たり.

うちには ゆきを こめと つむ.
内には 雪を 米と 積む.

もとより ひとも きたらぬ うえ ゆき ふかくして みち ふさがり とう ひとも なき ところ なれば.
本より 人も 来らぬ 上 雪 深くして 道 塞がり 問う 人も なき 処 なれば.

げんざいに はっかんじごくの ごうを みに つぐのへり.
現在に 八寒地獄の 業を 身に つぐのへり.

いきながら ほとけには ならずして また かんくちょうと もうす とりにも あいにたり.
生きながら 仏には 成らずして 又 寒苦鳥と 申す 鳥にも 相似たり.

あたまは そる こと なければ うずらの ごとし.
頭は 剃る 事 なければ うづらの 如し.

ころもは こおりに とじられて おしの はを こおりの むすべるが ごとし.
衣は 冰に とぢられて 鴦鴛の 羽を 冰の 結べるが 如し.

かかる ところへは いにしえ むつびし ひとも とわず.
かかる 処へは 古へ 昵びし 人も 問わず.

でしらにも すてられて そうらいつるに.
弟子等にも 捨てられて 候いつるに.

この ごきを たまいて ゆきを もりて はんと かんじ.
此の 御器を 給いて 雪を 盛りて 飯と 観じ.

みずを のんで こんずと おもう.
水を 飲んで こんずと 思う.

こころざしの ゆく ところ おもいやらせ たまえ.
志の ゆく 所 思い 遣らせ 給へ.

またまた もうすべく そうろう.
又又 申すべく 候.

きょうきょう きんげん.
恐恐 謹言.

こうあん 3ねん しょうがつ 27にち.
弘安 三年 正月 二十七日.

にちれん かおう.
日蓮 花押.

あきもとたろうひょうえどの ごへんじ.
秋元太郎兵衛殿 御返事.

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