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星名五郎太郎殿 御返事 (ほしなごろうたろうどの ごへんじ.
日蓮大聖人 46歳 御作.

 

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ほしなごろうたろうどの ごへんじ.
星名五郎太郎殿 御返事.

ぶんえい 4ねん 12がつ 46さい おんさく.
文永 四年 十二月 四十六歳 御作.

かんの めい よる ゆめみし より.
漢の 明 夜 夢みし より.

か じく ふたりの しょうにん はじめて ちょうあんの とぼそに のぞみし より いらい.
迦 竺 二人の 聖人 初めて 長安の とぼそに 臨みしより 以来.

とうの じんむこうていに いたるまで てんじくの ぶっぽう しんたんに るふし.
唐の 神武皇帝に 至るまで 天竺の 仏法 震旦に 流布し.

りょうの よに くだらこくの しょうみょうおう より.
梁の 代に 百済国の 聖明王 より.

わがちょうの にんおう 30だい きんめいの ぎょううに ぶっぽう はじめて つたう.
我が 朝の 人王 三十代 欽明の 御宇に 仏法 初めて 伝ふ.

それより いらい いっさいの きょうろん しょしゅう みな にちいきに みてり.
其れより 已来 一切の 経論 諸宗 皆 日域に みてり.

さいわい なるかな せいを まっぽうに うくると いえども りょうぜんの ききみみに いり.
幸 なるかな 生を 末法に 受くると いへども 霊山の きき耳に 入り.

みは へんどに こせりと いえども たいがの ながれ たなごごろに くめり.
身は 辺土に 居せりと いへども 大河の 流れ 掌に 汲めり.

ただし くわしく たずねみれば ぶっぽうに おいて だいしょう ごんじつ ぜんごの おもむき あり.
但し 委く 尋ね見れば 仏法に 於て 大小 権実 前後の おもむき あり.

もし この ぎに まよいぬれば じゃけんに じゅうして ぶっぽうを ならうと いえども.
若し 此の 義に 迷いぬれば 邪見に 住して 仏法を 習ふと いへども.

かえって じゅうあくを おかし 5ぎゃくを つくる つみ よりも はなはだしきなり.
還つて 十悪を 犯し 五逆を 作る 罪 よりも 甚しきなり.

ここを もって よを いとい みちを ねがわん ひと まず このぎを ぞんすべし.
爰を 以て 世を 厭ひ 道を 願はん 人 先ず 此の 義を 存ずべし.

れいせば かの くがんびくらの ごとし.
例せば 彼の 苦岸比丘等の 如し.

ゆえに だいきょうに いわく.
故に 大経に 云く.

もし じゃけん なること あらんに みょうじゅうの とき.
「若し 邪見 なる事 有らんに 命終の 時.

まさに あびごくに おつべし」と いえり.
正に 阿鼻獄に 堕つべし」と 云へり.

とう なにを もってか じゃけんの とがを しらん.
問う 何を 以てか 邪見の 失を 知らん.

よ ふしょうの み たりと いえども ずいぶん ごせを おそれぶっぽうを もとめんと おもう.
予 不肖の 身 たりと いへども 随分 後世を 畏れ 仏法を 求めんと 思ふ.

ねがわくは この ぎを しらん.
願くは 此の 義を 知らん.

もし じゃけんに じゅうせば ひるがえして しょうけんに おもむかん.
若し 邪見に 住せば ひるがへして 正見に おもむかん.

こたう ぼんがんを もって さだむ べきにあらず.
答う 凡眼を 以て 定む べきにあらず.

せんちを もって あきらむ べきにあらず.
浅智を 以て 明む べきにあらず.

きょうもんを もって まなこと なし ぶっちを もって さきとせん.
経文を 以て 眼とし 仏智を 以て 先とせん.

ただ おそらくは もし このぎを あかさば さだめて いかりを なし いきどおりを ふくまん ことを.
但 恐くは 若し 此の 義を 明さば 定めて いかりを なし 憤りを 含まん 事を.

さもあらば あれ ぶっちょくを おもんぜんには しかず.
さもあらば あれ 仏勅を 重んぜんには しかず.

それ せじんは みな とおきを たっとみ ちかきを いやしむ.
其れ 世人は 皆 遠きを 貴み 近きを いやしむ.

ただ ぐしゃの おこない なり.
但 愚者の 行ひ なり.

これ もし ひ ならば とおきとも はすべし.
其れ 若し 非 ならば 遠とも 破すべし.

これ もし り ならば ちかきとも すつ べからず.
其れ 若し 理 ならば 近とも 捨つ べからず.

ひと たっとむとも ひ ならば なんぞ いま もちいん.
人 貴むとも 非 ならば 何ぞ 今 用いん.

たとえ きく かの なんさんほくしちの じゅうりゅうの がくしゃ.
伝え 聞く 彼の 南三北七の 十流の 学者.

いとく ことに すぐれて てんかに そんちょう せられし こと.
威徳 ことに 勝れて 天下に 尊重 せられし 事.

すでに 500よねんまで あり しかども.
既に 五百余年まで 有り しかども.

ちんずい にだいの ころ てんだいだいし これを みて じゃぎ なりと はす.
陳隋 二代の 比 天台大師 是を 見て 邪義 なりと 破す.

てんかに このことを きいて おおきに これを にくむ.
天下に 此の事を 聞いて 大きに 是を にくむ.

しかりといえども ちんおう ずいていの けんのう たるに よって.
然りといへども 陳王・ 隋帝の 賢王 たるに 依て.

かの しょしゅうに てんだいを めし けっせられ.
彼の 諸宗に 天台を 召し 決せられ.

せいじゃを あきらめて ぜん500ねんの じゃぎを あらため.
邪正を あきらめて 前五百年の 邪義を 改め.

みな ことごとく だいしに きす.
皆 悉く 大師に 帰す.

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また わがちょうの えいざんの こんぽんだいしは なんと ほくきょうの せきがくと ろんじて.
又 我が 朝の 叡山の 根本大師は 南都 北京の 碩学と 論じて.

ぶっぽうの せいじゃを ただすこと みな きょうもんを さきとせり.
仏法の 邪正を ただす事 皆 経文を さきとせり.

いま とうせいの どうぞく きせん みな ひとを あがめて ほうを もちいず.
今 当世の 道俗 貴賤 皆 人を あがめて 法を 用いず.

こころを しとして きょうに よらず.
心を 師として 経に よらず.

これに よって あるいは ねんぶつ ごんきょうを もって だいじょうみょうてんを なげすて.
之に 依て 或は 念仏 権教を 以て 大乗妙典を なげすて.

あるいは しんごんの じゃぎを もって いちじつの しょうほうを ぼうず.
或は 真言の 邪義を 以て 一実の 正法を 謗ず.

これらの たぐい あに だいじょう ひぼうの やからに あらずや.
是等の 類 豈 大乗 誹謗の やからに 非ずや.

もし きょうもんの ごとく ならば いかでか ならくの くるしみを うけざらんや.
若し 経文の 如く ならば 争か 那落の 苦みを 受けざらんや.

これに よって その ながれを くむ ひとも かくのごとく なるべし.
之に 依て 其の 流を くむ 人も かくの如く なるべし.

うたがって いわく ねんぶつ しんごんは これ あるいは ごん あるいは じゃぎ.
疑つて 云く 念仏 真言は 是れ 或は 権 或は 邪義.

また ぎょうじゃ あるいは じゃけん あるいは ほうぼう なりと.
又 行者 或は 邪見 或は 謗法 なりと.

この こと はなはだ もって ふしん なり.
此の 事 甚だ 以て 不審 なり.

その ゆえは こうぼうだいしは これ こんごうさつたの けげん だいさんちの ぼさつ なり.
其の 故は 弘法大師は 是れ 金剛薩タの 化現 第三地の 菩薩 なり.

しんごんは これ さいごくじんじんの ひみつ なり.
真言は 是れ 最極甚深の 秘密 なり.

また ぜんどうわしょうは さいどの きょうしゅ あみだにょらいのけしん なり.
又 善導和尚は 西土の 教主・ 弥陀如来の 化身 なり.

ほうねんしょうにんは だいせいしぼさつの けしん なり.
法然上人は 大勢至菩薩の 化身 なり.

かくの ごときの しょうにんを あに じゃけんの ひとと いうべきや.
かくの 如きの 上人を 豈に 邪見の 人と 云うべきや.

こたえて いわく このこと もとより わたくしの ことばを もって これを なんず べからず.
答えて 云く 此の事 本より 私の 語を 以て 是を 難ず べからず.

きょうもんを さきとして これを ただす べきなり.
経文を 先として 是を ただす べきなり.

しんごんの おしえは さいごくの ひみつなりと いうは.
真言の 教は 最極の 秘密なりと 云うは.

さんぶきょうの なかに おいて そしっちきょうを もって おうとすと みえたり.
三部経の 中に 於て 蘇悉地経を 以て 王と すと 見えたり.

まったく もろもろの にょらいの ほうの なかに おいて だいいちなりと いうことを みず.
全く 諸の 如来の 法の 中に 於て 第一なりと 云う 事を 見ず.

およそ ぶっぽうと いうは ぜんあくの ひとを えらばず.
凡そ 仏法と 云うは 善悪の 人を ゑらばず.

みな ほとけと なすを もって さいだいいちに さだむべし.
皆 仏に なすを 以て 最第一に 定むべし.

これほどの ことわりをば いかなる ひと なりとも しるべき ことなり.
是れ程の 理をば 何なる 人 なりとも 知るべき ことなり.

ただし この ぎに よらば きょうと きょうとを あわせて これを ただすべし.
若し 此の 義に 依らば 経と 経とを 合せて 是を ただすべし.

いま ほけきょうには にじょうさぶつ あり.
今 法華経には 二乗成仏 あり.

しんごんきょうには これなし.
真言経には 之無し.

あまつさえ あながちに これを きらえり.
あまつさへ あながちに 是を きらへり.

ほけきょうには にょにんじょうぶつ これあり.
法華経には 女人成仏 之有り.

しんごんきょうには すべて これなし.
真言経には すべて 是なし.

ほけきょうには あくにんの じょうぶつ これあり.
法華経には 悪人の 成仏 之有り.

しんごんきょうには まったくなし.
真言経には 全くなし.

なにを もってか ほけきょうに すぐれたりと いうべき.
何を 以てか 法華経に 勝れたりと 云うべき.

また もし その ずいそうを ろんぜば ほっけには 6ずい あり.
又 若し 其の 瑞相を 論ぜば 法華には 六瑞 あり.

いわゆる うけちどうし びゃくごうそうの ひかり.
所謂 雨華地動し 白毫相の 光り.

かみは うちょうを きわめ しもは あびごくを てらせる これなり.
上は 有頂を 極め 下は 阿鼻獄を 照せる 是なり.

また たほうの とう だいちより いでて ぶんしんの しょぶつ じっぽう より きたる.
又 多宝の 塔 大地 より 出て 分身の 諸仏 十方 より 来る.

しかのみならず じょうぎょう とうの ぼさつの 6まんごうしゃ 5まん 4まん 3まん.
しかのみならず 上行 等の 菩薩の 六万恒沙 五万 四万 三万.

ないし いちごうしゃ はんごうしゃ とう だいちより わき いでし こと.
乃至 一恒沙 半恒沙 等 大地より わき いでし 事.

この いぎ ふしぎを ろんぜば なにを もって しんごん ほっけに まされりと いわん.
此の 威儀 不思議を 論ぜば 何を 以て 真言 法華に まされりと 云わん.

これらの こと くわしく のぶるに いとま あらず.
此等の 事 委く のぶるに いとま あらず.

わずかに たいかいの いってきを いだす.
はづかに 大海の 一滴を 出す.

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ここに ぼだいしんろんと いう いっかんの ふみ あり.
爰に 菩提心論と 云う 一巻の 文 あり.

りゅうもうぼさつの ぞうと ごうす.
竜猛菩薩の 造と 号す.

この しょに いわく「ただ しんごんほうの なかに そくしんじょうぶつ す.
此の 書に 云く「唯 真言法の 中に 即身成仏 す.

ゆえに これ さんまじの ほうを とく.
故に 是れ 三摩地の 法を 説く.

しょきょうの なかに おいて かいて しるさず」と いえり.
諸教の 中に 於て 闕いて 書るさず」と 云えり.

この ことばは おおいに ふしん なるに よって きょうもんに おいて これを みるに.
此の 語は 大に 不審 なるに 依て 経文に 就て これを 見るに.

そくしんじょうぶつの ことばは あれども そくしんじょうぶつの ひと まったく なし.
即身成仏の 語は 有れども 即身成仏の 人 全く なし.

たとえ ありとも ほけきょうの なかに そくしんじょうぶつ あらば.
たとひ ありとも 法華経の 中に 即身成仏 あらば.

しょきょうの なかに おいて かいて しかも かかずと いう べからず.
諸教の 中に をいて かいて 而も かかずと 云う べからず.

この こと はなはだ もって ふか なり.
此の 事 甚だ 以て 不可 なり.

ただし この しょは まったく りゅうもうの さくに あらず.
但し 此の 書は 全く 竜猛の 作に あらず.

くわしき むねは べつに あるべし.
委き 旨は 別に 有るべし.

たとえ りゅうもうぼさつの ぞう なりとも あやまり なり.
設ひ 竜猛菩薩の 造 なりとも あやまり なり.

ゆえに だいろんに いちだいを のぶる かんようとして.
故に 大論に 一代を のぶる 肝要として.

「はんにゃは ひみつに あらず にじょうさぶつ なし.
「般若は 秘密に あらず 二乗作仏 なし.

ほっけは これ ひみつ なり にじょうさぶつ あり」と いえり.
法華は 是 秘密 なり 二乗作仏 あり」と 云えり.

また いわく「にじょうさぶつ あるいは これ ひみつ.
又 云く「二乗作仏 あるは 是 秘密.

にじょうさぶつ なきは これ けんきょう」と いえり.
二乗作仏 なきは 是 顕教」と 云えり.

もし ぼだいしんろんの ことばの ごとく ならば.
若し 菩提心論の 語の 如く ならば.

べっしては りゅうじゅの だいろんに そむき.
別しては 竜樹の 大論に そむき.

そうじては しょぶつ しゅっせの ほんかい いちだいじの いんねんを やぶるに あらずや.
総じては 諸仏 出世の 本意 一大事の 因縁を やぶるに あらずや.

いま りゅうじゅ てんじん とうは みな しゃくそんの せっきょうを ひろめんが ために よに いず.
今 竜樹 天親 等は 皆釈尊の 説教を 弘めんが 為に 世に 出ず.

ふほうぞう 24にんの その いち なり.
付法蔵 二十四人の 其の 一 なり.

なんぞ かくの ごとき もうせつを なさんや.
何ぞ 此くの如き 妄説を なさんや.

かの しんごんは これ はんにゃきょうにも おとれり.
彼の 真言は 是れ 般若経にも 劣れり.

いかに いわんや ほっけに ならべんや.
何に 況や 法華に 並べんや.

しかるに こうぼうの ひみつほうやくに しんごんに いちだいを せっするとして.
爾るに 弘法の 秘蔵宝鑰に 真言に 一代を 摂するとして.

ほけきょうを だいさんばんに くだし あまつさえ けろん なりと いえり.
法華を 第三番に 下し あまつさへ 戯論 なりと 云えり.

つつしんで ほけきょうを ひらきたるに.
謹んで 法華経を 披きたるに.

もろもろの にょらいの しょせつの なかに だいいち なりと いえり.
諸の 如来の 所説の 中に 第一 なりと 云えり.

また いこんとうの さんせつに すぐれたりと みえたり.
又 已今当の 三説に 勝れたりと 見えたり.

また やくおうの じゅうゆ ほっけを たいかいに たとえ.
又 薬王の 十喩の 中に 法華を 大海に たとへ.

にちりんに たとえ しゅみせんに たとえたり.
日輪に たとへ 須弥山に たとへたり.

もし この ぎに よらば ふかき こと なんぞ うみに すぎん.
若し 此の 義に 依らば 深き 事 何ぞ 海に すぎん.

あきらかなる こと なんぞ にちりんに すぐれん.
明かなる 事 何ぞ 日輪に 勝れん.

たかき こと なんぞ しゅみせんに こゆる こと あらん.
高き 事 何ぞ 須弥山に 越ゆる 事 有らん.

たとえを もって しんぬべし なにを もってか ほっけに すぐれたりと いわんや.
喩を 以て 知んぬべし 何を 以てか 法華に 勝れたりと 云はんや.

だいにちきょう とうに まったく その ぎ なし.
大日経 等に 全く 此の 義 なし.

ただ おのが けんに まかせて ながく ぶついに そむく.
但 己が 見に 任せて 永く 仏意に 背く.

みょうらくだいし いわく「こう まなこ あらん ものは いしつに これを たずねよ」と いえり.
妙楽大師 曰く「請う 眼 有らん 者は 委悉に 之を 尋ねよ」と 云へり.

ほけきょうを もって けごんに おとれりと いうは.
法華経を 指て 華厳に 劣れりと 云うは.

あに まなこ ぬけたる ものに あらずや.
豈 眼 ぬけたる ものに あらずや.

また だいきょうに いわく.
又 大経に 云く.

「もし ほとけの しょうほうを ひぼう するもの あらん まさにその したを たつべし」と.
「若し 仏の 正法を 誹謗 する者 あらん 正に 其の 舌を 断べし」と.

ああ ひぼうの したは せぜに おいて もの いう ことなく.
嗚呼 誹謗の 舌は 世世に 於て 物 云う ことなく.

じゃけんの まなこは しょうじょうに ぬけて みること なからん.
邪見の 眼は 生生に ぬけて 見ること 無らん.

しかのみならず 「もし ひと しんぜずして この きょうを きぼうせば.
加之らず「若し 人 信ぜずして 此の 経を 毀謗せば.

ないし その ひと いのち おえて あびごくに いらん」の もんの ごとく ならば.
乃至 其の 人 命 終えて 阿鼻獄に 入らん」の 文の 如く ならば.

さだめて むけんだいじょうに おちて むりょうおっこうの くるしみを うけん.
定めて 無間大城に 堕ちて 無量億劫の くるしみを 受けん.

ぜんどう ほうねんも これに れいして しんぬべし.
善導 法然も 是に 例して 知んぬべし.

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だれか ちえ あらん ひと この ほうぼうの ながれを くんで.
誰か 智慧 有らん 人 此の 謗法の 流を 汲んで.

ともに あびの ほのおに やかれん.
共に 阿鼻の 焔に やかれん.

ぎょうじゃ よく おそるべし.
行者 能く 畏るべし.

これは これ だいじゃけんの やから なり.
此れは 是れ 大邪見の 輩 なり.

ゆえに にょらい じょうたいの きんげんを あんずるに いわく.
所以に 如来誠諦の 金言を 按ずるに 云く.

「わが しょうほうを やぶらん ことは たとえば りょうしの みにけさを かけたるが ごとし.
「我が 正法を やぶらん 事は 譬えば 猟師の 身に 袈裟を かけたるが 如し.

あるいは しゅだおん しだごん あなごん あらかん ひゃくしぶつ.
或は 須陀オン 斯那含 阿那含 阿羅漢 辟支仏.

および ほとけの しきしんを げんじて わが しょうほうを やぶらん」と いえり.
及び 仏の 色身を 現じて 我が 正法を 壊らん」と いへり.

いま この ぜんどう ほうねんらは しゅじゅの いを げんじて.
今 此の 善導 法然等は 種種の 威を 現じて.

ぐちの どうぞくを たぶらかし にょらいの しょうほうを めっす.
愚癡の 道俗を たぶらかし 如来の 正法を 滅す.

なかんずく かの しんごんらの ながれ ひとえに げんざいをもって むねとす.
就中 彼の 真言等の 流れ 偏に 現在を 以て 旨とす.

いわゆる ちくるいを ほんぞんとして なんにょの あいほうを いのり.
所謂 畜類を 本尊として 男女の 愛法を 祈り.

しょうえん とうの のぞみを いのる.
荘園 等の 望を いのる.

かくの ごとき しょうぶんの しるしを もって きとくとす.
是くの 如き 少分の しるしを 以て 奇特とす.

もし これを もって すぐれたりと いわば かの がっしの げどうらには すぎじ.
若し 是を 以て 勝れたりと いはば 彼の 月氏の 外道 等には すぎじ.

かの あかだせんにんは 12ねんの あいだ ごうがの みずを みみに たたえたりき.
彼の 阿竭多仙人は 十二年の 間 恒河の 水を 耳に ただへたりき.

また ぎとせんにんの しだいかいを いちにちに すいほし.
又 耆菟仙人の 四大海を 一日の 中に すひほし.

くるげどうは 800の 間 石と なる.
ク留外道は 八百年の 間 石と なる.

あに これに すぎたらんや.
豈 是に すぎたらんや.

また くどんせんにんが 12ねんの ほど しゃくしんと なり せっぽうせし.
又 瞿曇仙人が 十二年の 程 釈身と 成り 説法せし.

こうぼうが せつなの ほどに びるさなの みと なりし.
弘法が 刹那の 程に びるさなの 身と 成りし.

その いとくを ろんぜば いかん.
其の 威徳を 論ぜば 如何.

もし かの へんか しるしを しんぜば すなわち げどうを しんずべし.
若し 彼の 変化の しるしを 信ぜば 即ち 外道を 信ずべし.

まさに しるべし かれ いとく ありと いえども.
当に 知るべし 彼れ 威徳 ありと いへども.

なお あびの ほのおを まぬがれず.
猶 阿鼻の 炎を まぬがれず.

いわんや わずかの へんげに おいてをや.
況や はづかの 変化に をいてをや.

いわんや だいじょう ひぼうに おいてをや.
況や 大乗誹謗に をいてをや.

これ いっさいしゅじょうの あくちしき なり ちかづく べからず.
是 一切衆生の 悪知識 なり 近付く べからず.

おそるべし おそるべし.
畏る可し 畏る可し.

ほとけの いわく「あくぞう とうに おいては おそるる こころ なかれ.
仏の 曰く「悪象 等に 於ては 畏るる 心 なかれ.

あくちしきに おいては おそるる こころを なせ.
悪知識に 於ては 畏るる 心を なせ.

なにを もっての ゆえに.
何を 以ての 故に.

あくぞうは ただ みを やぶり こころを やぶらず.
悪象は 但 身を やぶり 意を やぶらず.

あくちしきは ふたつ ともに やぶる ゆえに.
悪知識は 二 共に やぶる 故に.

この あくぞう とうは ただ いっしんを やぶる.
此の 悪象 等は 但 一身を やぶる.

あくちしきは むりょうの み むりょうの こころを やぶる.
悪知識は 無量の 身 無量の 意を やぶる.

あくぞう とうは ただ ふじょうの くさき みを やぶる.
悪象 等は 但 不浄の 臭き 身を やぶる.

あくちしきは じょうしん および じょうしんを やぶる.
悪知識は 浄身 及び 浄心を やぶる.

あくぞうは ただ にくしんを やぶる あくちしきは ほっしんを やぶる.
悪象は 但 肉身を やぶる 悪知識は 法身を やぶる.

あくぞうの ために ころされては さんあくに いたらず.
悪象の 為に ころされては 三悪に 至らず.

あくちしきの ために ころされたるは かならず さんあくに いたる.
悪知識の 為に 殺されたるは 必ず 三悪に 至る.

この あくぞうは ただ みのための あだ なり.
此の 悪象は 但 身の 為の あだ なり.

あくちしきは ぜんぽうの ために あだ なり」と.
悪知識は 善法の 為に あだなり」と.

ゆえに おそるべきは だいどくじゃ あっきじん よりも.
故に 畏る可きは 大毒蛇 悪鬼神 よりも.

こうぼう ぜんどう ほうねんらの ながれの あくちしきを おそるべし.
弘法 善導 法然等の 流の 悪知識を 畏るべし.

りゃくして じゃけんの とがを あかすこと おわんぬ.
略して 邪見の 失を 明すこと 畢んぬ.

この つかい あまりに いそぎ そうろうほどに.
此の 使 あまりに 急ぎ 候ほどに.

とりあえぬ さまに かたはし ばかりを もうし そうろう.
とりあへぬ さまに かたはし ばかりを 申し 候.

この ご また べんぎに くわしく きょうしゃくを み しらべて かくべく そうろう.
此の 後 又 便宜に 委く 経釈を 見 調べて かくべく 候.

あなかしこ あなかしこ.
穴賢 穴賢.

がいけん あるべからず そうろう.
外見 あるべからず 候.

もし いのち つれなく そうらわば おおせの ごとく.
若 命 つれなく 候はば 仰せの 如く.

みょうねんの あき くだりて かつ もうすべく そうろう.
明年の 秋 下り 候て 且つ 申すべく 候.

きょうきょう.
恐恐.

12がつ いつか.
十二月 五日.

にちれん かおう.
日蓮 花押 .

ほしなごろうたろうどの ごへんじ.
星名五郎太郎殿 御返事.

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