b1531から1535.
南条殿御返事 (なんじょうどの ごへんじ).
日蓮大聖人 55歳 御作.

 

b1531

なんじょうどの ごへんじ.
南条殿 御返事.

けんじ 2ねん 3がつ 55さい おんさく.
建治 二年 三月 五十五歳 御作.

かたびら ひとつ しお いちだ あぶら 5そう たび そうらい おわんぬ.
かたびら 一つ しを いちだ あぶら 五そう 給び 候い 了んぬ.

ころもは かんを ふせぎ また ねつを ふせぐ.
衣は かんを ふせぎ 又 ねつを ふせぐ.

みを かくし みを かざる.
身を かくし 身を かざる.

ほけきょうの だい7 やくおうほんに いわく.
法華経の 第七 やくわうほんに 云く.

「にょらしゃとくえ」とう うんぬん.
「如裸者得衣」等 云云.

こころは はだか なるものの ころもを えたるが ごとし.
心は はだか なるものの 衣を へたるが ごとし.

もんの こころは うれしき ことを とかれて そうろう.
文の 心は うれしき 事を とかれて 候.

ふほうぞうの ひとの なかに しょうなわしゅと もうす ひと あり.
ふほうぞうの 人の なかに 商那和衆と 申す 人 あり.

ころもを きて うまれさせ たもう.
衣を きて むまれさせ 給う.

これは せんじょうに ぶっぽうに ころもを くようせし ひと なり.
これは 先生に 仏法に ころもを 供養せし 人 なり.

されば ほけきょうに いわく.
されば 法華経に 云く.

「にゅうわにんにくえ」とう うんぬん.
「柔和忍辱衣」等 云云.

こんろんざんには いし なし.
こんろん山には 石 なし.

みのぶの たけには しお なし.
みのぶの たけには しを なし.

いし なき ところには たま よりも いし すぐれたり.
石 なき ところには たま よりも いし すぐれたり.

しお なき ところには しお こめにも すぐれて そうろう.
しを なき ところには しを 米にも すぐれて 候.

こくおうの たからは さゆうの だいじん なり.
国王の たからは 左右の 大臣 なり.

さゆうの だいじんをば あんばいと もうす.
左右の 大臣をば 塩梅と 申す.

みそ しお なければ よ わたりがたし.
みそ しを なければ よ わたりがたし.

さゆうの しん なければ くに おさまらず.
左右の 臣 なければ 国 をさまらず.

あぶらと もうすは ねはんぎょうに いわく.
油と 申すは 涅槃経に 云く.

かぜの なかに あぶら なし あぶらの なかに かぜ なし.
風の なかに あぶら なし あぶらの なかに かぜ なし.

かぜを じする だいいちの くすり なり.
風を ぢする 第一の くすり なり.

かたがたの もの おくり たまいて そうろう.
かたがたの もの をくり 給いて 候.

おんこころざし あらわれて そうろうこと もうす ばかりなし.
御心ざしの あらわれて 候事 申す ばかりなし.

せんする ところは こなんじょうどのの.
せんする ところは こなんでうどのの.

ほけきょうの ごしんようの ふかかりし ことの あらわるるか.
法華経の 御しんようの ふかかりし 事の あらわるるか.

おうの こころざしをば しん のべ.
王の 心ざしをば 臣 のべ.

おやの こころざしをば この もうし のぶるとは これなり.
をやの 心ざしをば 子の 申し のぶるとは これなり.

あわれ ことのの うれしと おぼすらん.
あわれ ことのの うれしと をぼすらん.

つくしに おおはしのたろうと もうしける だいみょう ありけり.
つくしに ををはしの太郎と 申しける 大名 ありけり.

たいしょうどのの ごかんきを かおりて.
大将どのの 御かんきを かほりて.

かまくら ゆいのはま つちのろうに こめられて.
かまくら ゆひのはま つちのろうに こめられて.

12ねん めし はじ しめられし とき.
十二年 めし はじ しめられし とき.

つくじを うちいでしに ごぜんに むかいて もうせしは.
筑紫を うちいでしに 御前に むかひて 申せしは.

ゆみや とる みと なりて きみの ごかんきを かおらん ことはなげき ならず.
ゆみや とる みと なりて きみの 御かんきを かほらん ことはなげき ならず.

また ごぜんに おさなく より なれしか いま はなれん こと いう ばかり なし.
又 ごぜんに をさなく より なれしか 今は なれん 事 いう ばかり なし.

これは さておきぬ なんしにても にょしにても ひとり なきこと なげきなり.
これは さてをきぬ なんしにても 女子にても 一人 なき事 なげきなり.

ただしく かいにんの よし かたらせ たもう.
ただしく 懐妊の よし かたらせ 給う.

→a1531

b1532

おなご にてや あらんずらん.
をうなご にてや あらんずらん.

おのこご にてや そうらわんずらん.
をのこご にてや 候はんずらん.

ゆくえを みざらん こと くちおし.
ゆくへを みざらん 事 くちおし.

また かれが ひとと なりて ちちと いうものを なからん なげき.
又 かれが 人と なりて ちちと いうものも なからん なげき.

いかんがせんと おもえども ちから およばず とて いでにき.
いかがせんと をもへども 力 及ばず とて いでにき.

かくて つきひ すぐれ こと ゆえなく うまれにき.
かくて 月ひ すぐれ こと ゆへなく 生れにき.

おのこごにて ありけり.
をのこごにて ありけり.

7さいの とし やまでらに のぼらせて ありければ.
七歳の とし やまでらに のぼせて ありければ.

ともだち なりける ちごども おやなしと わらいけり.
ともだち なりける ちごども をやなしと わらひけり.

いえに かえりて ははに ちちを たずねけり.
いへに かへりて ははに ちちを たづねけり.

はは のぶる かたなくして なく より ほかの ことなし.
はは のぶる かたなくして なく より 外の ことなし.

この ちご もうす.
此の ちご 申す.

てん なくしては あめ ふらず.
天 なくしては 雨 ふらず.

ち なくしては くさ おいず.
地 なくしては くさ をいず.

たとい はは ありとも ちち なくば ひとと なる べからず.
たとい 母 ありとも ちち なくば ひとと なる べからず.

いかに ちちの ありどころをば かくし たもうぞと せめしかば.
いかに 父の ありどころをば かくし 給うぞと せめしかば.

はは せめられて いう わちご おさなければ もうさぬ なり.
母 せめられて 云う わちご をさなければ 申さぬ なり.

ありようは こうなり.
ありやうは かうなり.

この ちご なくなく もうすよう.
此の ちご なくなく 申すやう.

さて ちちの かたみは なきかと もうせ しかば.
さて ちちの かたみは なきかと 申せ しかば.

これ ありとて おおはしの せんぞの にっき.
これ ありとて ををはしの 先祖の 日記.

ならびに はらの うちなる こに ゆずれる じひつの じょう なり.
ならびに はらの 内なる 子に ゆづれる 自筆の 状 なり.

いよいよ おや こいしくして なくより ほかの こと なし.
いよいよ をや こひしくて なくより 外の 事 なし.

さて いかんが せんと いい しかば.
さて いかがせんと いゐ しかば.

これより ろうじゅう あまた ともせ しかども.
これより 郎従 あまた ともせ しかども.

ごかんきを かおり ければ みな ちりうせぬ.
御かんきを かほり ければ みな ちりうせぬ.

その のちは いきてや また しにてや.
その のちは いきてや 又 しにてや.

おとずるる ひと なしと かたりければ.
をとづるる 人 なしと かたりければ.

ふし ころび なきて いさむるをも もちいざりけり.
ふし ころび なきて いさむるをも もちゐざりけり.

はは いわく おのれを やまでらに のぼする ことは おやの こうようの ためなり.
はは いわく をのれを やまでらに のぼする 事は をやの 孝養の ためなり.

ほとけに はなをも まいらせよ.
仏に 花をも まいらせよ.

きょうをも いっかん こうようと すべしと もうせ しかば.
経をも 一巻 よみて 孝養と すべしと 申せ しかば.

いそぎ てらに のぼりて いえへ かえる こころ なし.
いそぎ 寺に のぼりて いえへ かへる 心 なし.

ちゅうやに ほけきょうを よみしかば よみ わたりける のみならず.
昼夜に 法華経を よみしかば よみ わたりける のみならず.

そらに おぼえて ありけり.
そらに をぼへて ありけり.

さて 12の とし しゅっけを せずして かみを つつみ.
さて 十二の とし 出家を せずして かみを つつみ.

とかくして つくしを にげ いでて.
とかくして つくしを にげ いでて.

かまくらと もうす ところへ たずね いりぬ.
かまくらと 申す ところへ たづね いりぬ.

はちまんの おんまえに まいりて ふし おがみ もうしけるは.
八幡の 御前に まいりて ふし をがみ 申しけるは.

はちまんだいぼさつは にほん だい16の おう.
八幡大菩薩は 日本 第十六の 王.

ほんちは りょうぜんじょうどに ほけきょうを とかせ たまいし きょう しゅしゃくそん なり.
本地は 霊山浄土に 法華経を とかせ 給いし 教主 釈尊 なり.

しゅじょうの ねがいを みて たまわんが ために かみと あらわれさせ たもう.
衆生の ねがいを みて 給わんが ために 神と あらわれさせ 給う.

いま わが ねがい みてさせ たまえ.
今 わが ねがい みてさせ 給え.

→a1532

b1533

おやは いきて そうろうか しにて そうろうかと もうして.
をやは 生きて 候か しにて 候かと 申して.

いぬの とき より ほけきょうを はじめて とらの とき までに よみければ.
いぬの 時 より 法華経を はじめて とらの 時 までに よみければ.

なにとなく おさなき こえ ほうでんに ひびきわたり こころ すごかりければ.
なにとなく をさなき こへ 宝殿に ひびきわたり こころ 凄かりければ.

まいりて ありける ひとびとも かえらん ことを わすれにき.
まいりて ありける 人人も かへらん 事を わすれにき.

みな ひと いちの ように あつまりて みければ.
皆 人 いちの やうに あつまりて みければ.

おさなき ひとにて ほっしとも おぼえず.
をさなき 人にて 法師とも をぼえず.

おうなにても なかりけり.
をうなにても なかりけり.

おりしも きょうの にいどのの ごさんけい ありけり.
をりしも きやうの にゐどの 御参詣 ありけり.

ひとめを しのばせ たまいて まいり たまい たりけれども.
人めを しのばせ 給いて まいり 給い たりけれども.

おんきょうの とうとき こと つねにも すぐれたり ければ.
御経の たうとき 事 つねにも すぐれたり ければ.

はつるまで ごちょうもん ありけり.
はつるまで 御聴聞 ありけり.

さて かえらせ たまいて おわしけるが.
さて かへらせ 給いて おはしけるが.

あまり なごりおしさに ひとを つけて おきて.
あまり なごりをしさに 人を つけて をきて.

たいしょうどのへ かかる こと ありと もうさせ たまいければ.
大将殿へ かかる 事 ありと 申させ 給いければ.

めして じぶつどうにして おんきょう よませ まいらせ たまいけり.
めして 持仏堂にして 御経 よませ まいらせ 給いけり.

さて つぎの ひ また ごちょうもん ありければ.
さて 次の 日 又 御聴聞 ありければ.

にしのみかど ひと さわぎけり.
西のみかど 人 さわぎけり.

いかなる ことぞと きき しかば.
いかなる 事ぞと きき しかば.

きょうは めしゅうどの くび きらるると ののしりけり.
今日は 囚人の くび きらるると ののしりけり.

あわれ わが おやは いままで あるべしとは おもわねども.
あわれ わが をやは いままで 有るべしとは をもわねども.

さすが ひとの くびを きらるると もうせば.
さすが 人の くびを きらるると 申せば.

わが みの なげきと おもいて なみだぐみたり.
我が 身の なげきと をもひて なみだぐみたり.

たいしょうどの あやしと ごらんじて.
大将殿 あやしと ごらんじて.

わちごは いかなるものぞ ありのままに もうせと ありしかば.
わちごは いかなるものぞ ありのままに 申せと ありしかば.

かみ くだんの こと いちいちに もうしけり.
上 くだんの 事 一一に 申しけり.

おさむらいに ありける だいみょう しょうみょう すみのうち みな そでを しぼりけり.
御侍に ありける 大名 小名 みすの内 みな そでを しぼりけり.

たいしょうどの かじわらを めして おおせ ありけるは.
大将殿 かぢわらを めして をほせ ありけるは.

おおはしのたろうと いう めしゅうど まいらせよと ありしかば.
大橋の太郎と いう めしうど まいらせよと ありしかば.

ただいま くび きらんとて ゆいの はまへ つかわし たまいぬ.
只今 くび きらんとて ゆいの はまへ つかわし 候いぬ.

いまは きりてや そうろうらんと もうせ しかば.
いまは きりてや 候らんと 申せ しかば.

この ちご おんまえなり けれども ふし ころび なきけり.
このちご 御まへなり けれども ふし ころび なきけり.

おおせの ありけるは かじわら われと はしりて.
ををせの ありけるは かぢわら われと はしりて.

いまだ きらずば ぐして まいれと ありしかば.
いまだ 切らずば ぐして まいれと ありしかば.

いそぎ いそぎ ゆいの はまへ はせゆく.
いそぎ いそぎ ゆいの はまへ はせゆく.

いまだ いたらぬに よばわり ければ.
いまだ いたらぬに よばわり ければ.

すでに くび きらんとて かたなを ぬきたりける とき なりけり.
すでに 頚 切らんとて 刀を ぬきたりける とき なりけり.

さて かじわら おおはしのたろうを なわ つけながら.
さて 梶原 ををはしの太郎を なわ つけながら.

ぐして まいりて おおにわに ひきすえたり ければ.
具して まいりて 大庭に ひきすへたり ければ.

たいしょうどの この ちごに とらせよと ありしかば.
大将殿 この ちごに とらせよと ありしかば.

ちご はしり おりて なわを ときけり.
ちご 走り 下りて なわを ときけり.

→a1533

b1534

おおはしのたろうは わが ことも しらず.
大はしの太郎は わが 子とも しらず.

いかなる こと ゆえに たすかるとも しらざりけり.
いかなる 事 ゆへに たすかるとも しらざりけり.

さて たいしょうどの また めして この ちごに.
さて 大将殿 又 めして この ちごに.

ようようの おんふせ たびて おおはしのたろうを たび のみならず.
やうやうの 御布施 たびて ををはしの太郎を たぶ のみならず.

ほんりょうをも あんど ありけり.
本領をも 安堵 ありけり.

たいしょうどの おおせ ありけるは.
大将殿 をほせ ありけるは.

ほけきょうの おんことは むかしより さることとは きき つたえたれども.
法華経の 御事は 昔より さる事とわ きき つたへたれども.

まろは みに あたりて ふたつの ゆえ あり.
丸は 身に あたりて 二つの ゆへ あり.

ひとつには こ おやちちの おんくび だいじょうにゅうどうに きられて.
一には 故 親父の 御くびを 大上入道に 切られて.

あさましとも いう ばかり なかりしに.
あさましとも いう ばかり なかりしに.

いかなる かみ ほとけにか もうす べきと おもいしに.
いかなる 神 仏にか 申す べきと おもいしに.

いずさんの みょうほうあま より ほけきょうを よみ つたえ 1000ぶと もうせし とき.
走湯山の 妙法尼 より 法華経を よみ つたへ 千部と 申せし 時.

たかおの もんがくぼう おやの くびを もって きたりて みせたりし うえ.
高雄の 文覚房 をやの くびを もて 来りて みせたりし 上.

かたきを うつ のみならず.
かたきを 打つ のみならず.

にほんこくの ぶしの たいしょうを たまいて あり.
日本国の 武士の 大将を 給いて あり.

これ ひとえに ほけきょうの おんりしょう なり.
これ ひとへに 法華経の 御利生 なり.

ふたつには この ちごが おやを たすけぬる こと ふしぎ なり.
二つには この ちごが をやを たすけぬる 事 不思議 なり.

おおはしのたろうと いう やつは よりとも きっかい なりと おもう.
大橋の太郎と いう やつは 頼朝 きくわい なりと をもう.

たとい ちょくせん なりとも かえし もうして くびを きりてん.
たとい 勅宣 なりとも かへし 申して くびを きりてん.

あまりの にくさに こそ 12ねん まで.
あまりの にくさに こそ 十二年 まで.

つちの ろうには いれて ありつるに かかる ふしぎ あり.
土の ろうには 入れて ありつるに かかる 不思議 あり.

されば ほけきょうと もうす ことは ありがたき ことなり.
されば 法華経と 申す 事は ありがたき 事なり.

よりともは ぶしの たいしょうにて おおくの つみ つもりて あれども.
頼朝は 武士の 大将にて 多くの 罪 つもりて あれども.

ほけきょうを しんじ まいらせて そうらえば.
法華経を 信じ まいらせて 候へば.

さりともと こそ おもえと なみだぐみ たまいけり.
さりともと こそ 思へと なみだぐみ 給いけり.

いまの おんこころざし み そうらえば こ なんじょうどのは.
今の 御心ざし 見 候へば 故 南条どのは.

ただ こ なれば いとおしとは おぼしめし けるらめども.
ただ 子 なれば いとをしとわ をぼしめし けるらめども.

かく ほけきょうを もて わが きょうようを すべしとは よも おぼしたらじ.
かく 法華経を もて 我が 教養を すべしとは よも をぼしたらじ.

たとえ つみ ありて いかなる ところに おわすとも.
たとひ 罪 ありて いかなる ところに おはすとも.

この ごきょうようの こころざしをば えんまほうおう ぼんてん たいしゃく までも しろしめしぬらん.
この 御けうやうの 心ざしをば えんまほうわう ぼんでん たひしやく までも しろしめしぬらん.

しゃかぶつ ほけきょうも いかでか すてさせ たもうべき.
釈迦仏 法華経も いかでか すてさせ 給うべき.

かの ちごの ちちの なわを ときしと この おんこころざし かれに たがわず.
かの ちごの ちちの なわを ときしと この 御心ざし かれに たがわず.

これは なみだを もちて かきて そうろうなり.
これは なみだを もちて かきて 候なり.

また もうこの おこれる よし これには いまだ うけ たまわず.
又 むくりの おこれる よし これには いまだ うけ 給わらず.

これを もうせば にちれんぼうは もうここくの わたると いえばよろこぶと もうす.
これを 申せば 日蓮房は むくり国の わたると いへば よろこぶと 申す.

これ ゆわれなき ことなり.
これ ゆわれなき 事なり.

かかる こと あるべしと もうせ しかば あだがたきと ひとごとに せめしが.
かかる 事 あるべしと 申せ しかば あだがたきと 人 ごとに せめしが.

きょうもん かぎり あれば きたるなり.
経文 かぎり あれば 来るなり.

→a1534

b1535

いかに いうとも かなうまじき ことなり.
いかに いうとも かなうまじき 事なり.

とがも なくして くにを たすけんと もうせし ものを もちい こそ あらざらめ.
失も なくして 国を たすけんと 申せし 者を 用い こそ あらざらめ.

また ほけきょうの だい5のまきを もって にちれんが おもてを うちしなり.
又 法華経の 第五の巻を もつて 日蓮が 面を うちしなり.

ぼんてん たいしゃく これを ごらんありき.
梵天 帝釈 是を 御覧ありき.

かまくらの はちまんだいぼさつも みさせ たまいき.
鎌倉の 八幡大菩薩も 見させ 給いき.

いかにも いまは かのうまじき よ にて そうらえば.
いかにも 今は 叶うまじき 世 にて 候へば.

かかる さんちゅうにも いりぬる なり.
かかる 山中にも 入りぬる なり.

おのおのも ふびんとは おもえども たすけ がたくや あらんずらん.
各各も 不便とは 思へども 助け がたくや あらんずらん.

よる ひる ほけきょうに もうし そうろうなり.
よる ひる 法華経に 申し 候なり.

ごしんようの うえにも ちからも おしまず もうさせ たまえ.
御信用の 上にも 力も をしまず 申させ 給え.

あえて これよりの こころざしの よわきには あらず.
あえて これよりの 心ざしの ゆわきには あらず.

おのおのの ごしんじんの あつく うすきにて そうろうべし.
各各の 御信心の あつく うすきにて 候べし.

たいしは にほんこくの よき ひとびとは いちじょう いけどりにぞ なり そうらわんずらん.
大旨は 日本国の よき 人人は 一定 いけどりにぞ なり 候はんずらん.

あら あさましや あさましや.
あら あさましや あさましや.

きょうきょう きんげん.
恐恐 謹言.

のちの 3がつ にじゅうよっか.
後 三月 二十四日.

にちれん おす.
日蓮 押.

なんじょうどのご へんじ.
南条殿 御返事.

→a1535

 
→a1531
→c1531
 ホームページトップ
inserted by FC2 system