b330.
報恩抄送文 (ほうおんしょう おくりぶみ).
日蓮大聖人 55歳 御作.

 

ほうおんしょう おくりぶみ.
報恩抄 送文.

ごじょう たまわり そうらい おわんぬ.
御状 給り 候 畢ぬ.

しんそと なく ほうもんと もうすは こころに いれぬ ひとには いわぬ ことにて そうろうぞ.
親疎と 無く 法門と 申すは 心に 入れぬ 人には いはぬ 事にて 候ぞ

おんこころえ そうらえ.
御心得 候へ.

ごほんぞん ずして まいらせ そうろう.
御本尊 図して 進 候.

この ほけきょうは ほとけの ざいせよりも ほとけの めつご.
此の 法華経は 仏の 在世よりも 仏の 滅後.

しょうほうよりも ぞうほう ぞうほう よりも まっぽうの はじめには.
正法よりも 像法 像法 よりも 末法の 初には.

しだいに おんてき つよくなるべき よしを だにを おんこころえ あるならば.
次第に 怨敵 強くなるべき 由を だにも 御心へ あるならば.

にほんこくに これより ほかに ほけきょうの ぎょうじゃ なし.
日本国に 是より 外に 法華経の 行者 なし.

これを みなひと ぞんじ そうらいぬべし.
これを 皆人 存じ 候ぬべし.

どうぜんごぼうの ごしきょの よし いぬる つき ほぼ うけたまわり そうろう.
道善御房の 御死去の 由 去る 月 粗 承わり 候.

じしん そうそうと さんじょうし この ごぼうをも やがて つかわす べきにて そうらいしが.
自身 早早と 参上し 此の 御房をも やがて つかはす べきにて 候しが.

じしんは ないしんは ぞんぜずと いえども.
自身は 内心は 存ぜずと いへども.

ひとめには とんせいの ように みえて そうらえば.
人目には 遁世の やうに 見えて 候へば.

なにとなく この やまを いでず そうろう.
なにとなく 此の 山を 出でず 候.

この ごぼうは また ないない ひとの もうし そうらいしは.
此の 御房は 又 内内 人の 申し 候しは.

しゅうろんや あらんずらんと もうせし ゆえに.
宗論や あらんずらんと 申せし ゆへに.

じっぽうに わかって きょうろんとうを たずねし ゆえに.
十方に わかて 経論等を 尋ねし ゆへに.

くにぐにの てらでらへ ひとを あまた つかわして そうろうに.
国国の 寺寺へ 人を あまた つかはして 候に.

この ごぼうは するがの くにへ つかわして とうじこそ きたって そうらえ.
此の 御房は するがの 国へ つかはして 当時こそ 来て 候へ.

また この もんは ずいぶん だいじの だいじ どもを かきて そうろうぞ.
又 此の 文は 随分 大事の 大事 どもを かきて 候ぞ.

せんなからん ひとびとに きかせなば あしかりぬべく そうろう.
詮なからん 人人に きかせなば あしかりぬべく 候.

また たとい さ なくとも あまたに なり そうらわば ほかさまにも きこえ そうろうなば.
又 設い さ なくとも あまたに なり 候はば ほかさまにも きこえ 候なば.

おんため また このため あんのん ならず そうらわんか.
御ため 又 このため 安穏 ならず 候はんか.

おんまえと ぎじょうぼうと ふたり この ごぼうを よみてとして.
御まへと 義成房と 二人 此の 御房を よみてとして.

かさがもりの いただきにて に さんべん.
嵩がもりの 頂にて 二 三遍.

また こ どうぜんぼうの おんはかにて いっぺん よまさせ たまいては.
又 故 道善御房の 御はかにて 一遍 よませさせ 給いては.

この ごぼうに あずけさせ たまいて つねに ごちょうもん そうらえ.
此の 御房に あずけさせ 給いて つねに 御聴聞 候へ.

たびたびに なり そうろう ならば こころづかせ たまうこと そうろうなん.
たびたびに なり 候 ならば 心づかせ 給う事 候なむ.

きょうきょう きんげん.
恐恐 謹言.

7がつ 26にち.
七月 二十六日.

にちれん かおう.
日蓮 花押.

せいちょう ごぼう.
清澄 御房.

 
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