b427から437.
十法界明因果抄 (じっぽうかい みょういんがしょう).
日蓮大聖人 39歳 御作.

 

b427

じっぽうかい みょういんが しょう.
十法界 明因果 抄.

ぶんおう がんねん 5がつ 39さい おんさく.
文応 元年 五月 三十九歳 御作.

しゃもん にちれん せん.
沙門 日蓮 撰.

80 けごんきょう 69に いわく.
八十 華厳経 六十九に 云く.

「ふげんどうに いる ことを えて じっぽうかいを りょうち す」と.
「普賢道に 入る ことを 得て 十法界を 了知 す」と.

ほけきょう だい6に いわく.
法華経 第六に 云く.

「じごくしょう ちくしょうしょう がきしょう あしゅらしょう びくしょう びくにしょう.
「地獄声 畜生声 餓鬼声 阿修羅声 比丘声 比丘尼声.

てんしょう しょうもんしょう ひゃくしぶつしょう ぼさつしょう ぶっしょう」と.
天声 天道声 声聞声 辟支仏声 菩薩声 仏声」と.

いじょう じっぽうかい めいもく なり.
已上 十法界 名目 なり.

だいいちに じごくかいとわ.
第一に 地獄界とは.

かんぶつさんまいきょうに いわく.
観仏三昧経に 云く.

「5ぎゃくざいを つくり いんがを はつむし.
「五逆罪を 造り 因果を 撥無し.

たいしゅうを ひぼうし しじゅうきんを おかし.
大衆を 誹謗し 四重禁を 犯し.

むなしく しんせを しょくするの もの このなかに だす」と.
虚く 信施を 食するの 者 此の 中に 堕す」と.

あびじごく なり.
阿鼻地獄 なり.

しょうほうねんきょうに いわく.
正法念経に 云く.

「せっとう いんよく いんしゅ もうごの もの このなかに だす」と.
「殺盗 婬欲 飲酒 妄語の 者 此の中に 堕す」と.

だいきょうかんじごく なり.
大叫喚地獄 なり.

しょうほうねんきょうに いわく.
正法念経に 云く.

「むかし さけを もって ひとに あたえて よわしめ.
「昔 酒を 以て 人に 与えて 酔わしめ.

おわって ちょうげして これを もてあそび.
已つて 調戯して 之を 翫び.

かれをして しゅうち せしむるの もの このなかに だす」と.
彼をして 羞恥 せしむるの 者 此の中に 堕す」と.

きょうかんじごく なり.
叫喚地獄 なり.

しょうほうねんきょうに いわく.
正法念経に 云く.

「せっしょう ちゅうとう じゃいんの もの このなかに だす」と.
「殺生 偸盗 邪婬の 者 此の中に 堕す」と.

しゅうごうじごく なり.
衆合地獄 なり.

ねはんぎょうに いわく.
涅槃経に 云く.

「さつに さんしゅ あり いわく げ ちゅう じょう なり.
「殺に 三種 有り 謂く 下 中 上 なり.

げとは ぎし ないし いっさいの ちくしょう.
下とは 蟻子 乃至 一切の 畜生.

ないし げさつの いんねんを もって じごくに だし.
乃至 下殺の 因縁を 以て 地獄に 堕し.

ないし つぶさに げの くを うく」.
乃至 具に 下の 苦を 受く」.

とうて いわく.
問うて 云く.

10あく 5ぎゃくざいを つくりて じごくに だするは.
十悪 五逆 等を 造りて 地獄に 堕するは.

せけんの どうぞく みな これを しれり.
世間の 道俗 皆 之を 知れり.

ほうぼうに よって じごくに だするは.
謗法に 依つて 地獄に 堕するは.

いまだ その そうみょうを しらざる ゆえ.
未だ 其の 相貌を 知らざる 如何.

こたえて いわく.
答えて 云く.

けんねぼさつの ぞう ろくなまないの しゃく.
堅慧菩薩の 造 勒那摩提の 訳.

くきょういちじょうほうしょうろんに いわく.
究竟一乗宝性論に 云く.

「ねがって しょうほうを ぎょうじて ほう および ほっしを ぼうじ.
「楽て 小法を 行じて 法 及び 法師を 謗じ.

にょらいの きょうを しらずして とくこと.
如来の 教を 識らずして 説くこと.

しゅたらに そむいて これ しんじつ ぎ という」 もん.
修多羅に 背いて 是 真実 義と 言う」文.

この もんの ごとくんば しょうじょうを しんじて.
此の 文の 如くんば 小乗を 信じて.

しんじつぎ と いい だいじょうを しらざるは これ ほうぼう なり.
真実義と 云い 大乗を 知らざるは 是れ 謗法 なり.

てんじんぼさつの せつ しんたいさんぞうの やく.
天親菩薩の 説 真諦三蔵の 訳.

ぶっしょうろんに いわく.
仏性論に 云く.

「もし だいじょうに ぞうはい するは これは これ いっせんだいの いん なり.
「若し 大乗に 憎背 するは 此は 是 一闡提の 因 なり.

しゅじょうをして このほうを すてしむるを もっての ゆえに」もん.
衆生をして 此の 法を 捨てしむるを 為ての 故に」文.

この もんの ごとくんば だいしょう るふの よに いっこうに しょうじょうを ひろめ.
此の 文の 如くんば 大小流布の 世に 一向に 小乗を 弘め.

じしんも だいじょうに そむき ひとに おいても だいじょうを すてしむる.
自身も 大乗に 背き 人に 於ても 大乗を 捨てしむる.

これを ほうぼうと いうなり.
是を 謗法と 云うなり.

てんだいだいしの ぼんもうきょうの しょに いわく.
天台大師の 梵網経の 疏に 云く.

「ぼうは これ かいはいの な すべて これ げ りに かなわず ことば じつに あたらず.
「謗は 是れ 乖背の 名 スベて 是れ 解 理に 称わず 言 実に 当らず.

いげして とくものを みな なづけて ぼうと なすなり.
異解して 説く者を 皆 名けて 謗と 為すなり.

おのれが しゅうに そむくがゆえに つみを う」もん.
己が 宗に 背くが 故に 罪を 得」文.

ほけきょうの ひゆほんに いわく.
法華経の 譬喩品に 云く.

「もし ひと しんぜずして この きょうを きぼうせば.
「若し 人 信ぜずし て此の 経を 毀謗せば.

すなわち いっさいせけんの ぶっしゅを だんぜん.
則ち 一切世間の 仏種を 断ぜん.

ないし その ひと みょうじゅうして あびごくに いらん」もん.
乃至 其の 人 命終して 阿鼻獄に 入らん」文.

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この もんの こころは しょうじょうの さんけん いぜん だいじょうの じゅっしん いぜん.
此の 文の 意は 小乗の 三賢 已前 大乗の 十信 已前.

まつだいの ぼんぷの 10あく 5ぎゃく ふこうふぼ にょにんとうを きらわず.
末代の 凡夫の 十悪 五逆 不孝父母 女人等を 嫌わず.

これら ほけきょうの みょうじを きいて あるいは だいみょうを となえ.
此等 法華経の 名字を 聞いて 或は 題名を 唱え.

1じ いっく 4く 1ぽん 1かん 8かんとうを じゅじし どくじゅし.
一字 一句 四句 一品 一巻 八巻 等を 受持し 読誦し.

ないし また かみの ごとく ぎょうぜん ひとを ずいきし さんたん する ひとは.
乃至 亦 上の 如く 行ぜん 人を 随喜し 讃歎 する 人は.

ほけきょう よりの ほか いちだいの せいきょうを ふかく ならい ぎりに たっし.
法華経 よりの 外 一代の 聖教を 深く 習い 義理に 達し.

かたく だいしょうじょうの かいを たもてる だいぼさつの ごとき ものより すぐれて.
堅く 大小乗の 戒を 持てる 大菩薩の 如き 者より 勝れて.

おうじょう じょうぶつを とぐべしと とくを しんぜずして.
往生成仏を 遂ぐ可しと 説くを 信ぜずして.

かえって ほけきょうは ちじゅう いじょうの ぼさつの ため.
還つて 法華経は 地住 已上の 菩薩の 為.

あるいは じょうこん じょうちの ぼんぷの ためにして.
或は 上根 上智の 凡夫の 為にして.

ぐにん あくにん にょにん まつだいの ぼんぷらの ためには あらずと いわんものは.
愚人 悪人 女人 末代の 凡夫等の 為には 非ずと 言わん者は.

すなわち いっさいしゅじょうの じょうぶつの しゅを だんじて.
即ち 一切衆生の 成仏の 種を 断じて.

あびごくに いるべしと とける もん なり.
阿鼻獄に 入る可しと 説ける 文 なり.

ねはんぎょうに いわく.
涅槃経に 云く.

「ほとけの しょうほうに おいて ながく ごしゃくこんりゅうの こころ なし」もん.
「仏の 正法に 於て 永く 護惜建立の 心 無し」文.

この もんの こころは この だいねはんぎょうの だいほう せけんに.
此の 文の 意は 此の 大涅槃経の 大法 世間に.

めつじんせんを おしまざる ものは すなわち これ ひぼうの ものなり.
滅尽せんを 惜まざる 者は 即ち 是れ 誹謗の 者なり.

てんだいだいし ほけきょうの おんてきを さだめて いわく.
天台大師 法華経の 怨敵を 定めて 云く.

「きくことを よろこばざる ものを おんと なす」もん.
「聞く事を 喜ばざる 者を 怨と 為す」文.

ほうぼうは たしゅ なり.
謗法は 多種 なり.

だいしょう るふの くにに うまれて.
大小 流布の 国に 生れて.

いっこうに しょうじょうの ほうを がくして みを おさめ だいじょうに うつらざるは これ ほうぼう なり.
一向に 小乗の 法を 学して 身を 治め 大乗に 遷らざるは 是れ 謗法 なり.

また けごん ほうとう はんにゃ とうの しょだいじょうきょうを ならえる ひとも.
亦 華厳 方等 般若 等の 諸大乗経を 習える 人も.

しょきょうと ほけきょうと とうどうの おもいを なし ひとをして.
諸経と 法華経と 等同の 思を 作し 人をして.

とうどうの ぎを まなばしめ ほけきょうに かえらざるは これ ほうぼう なり.
等同の 義を 学ばしめ 法華経に 遷らざるは 是れ 謗法 なり.

また たまたま えんき ある ひとの ほけきょうを まなぶをも.
亦 偶 円機 有る 人の 法華経を 学ぶをも.

わが ほうに つけて せりを むさぼるが ために.
我が 法に 付けて 世利を 貪るが 為に.

なんじが きは ほけきょうに あたらざる よしを しょうして.
汝が 機は 法華経に 当らざる 由を 称して.

このきょうを すて ごんきょうに うつらしむるは だいほうぼう なり.
此の 経を 捨て 権経に 遷らしむるは 是れ 大謗法 なり.

かくの ごとき とうは みな じごくの ごう なり.
此くの 如き 等は 皆 地獄の 業 なり.

にんげんに しょうずる こと かこの 5かいは つよく.
人間に 生ずる こと 過去の 五戒は 強く.

3あくどうの ごういんは よわきが ゆえに にんげんに しょうずる なり.
三悪道の 業因は 弱きが 故に 人間に 生ずる なり.

また とうせいの ひとも 5ぎゃくを つくる ものは すくなく
亦 当世の 人も 五逆を 作る 者は 少く.

10あくは さかんに これを おかす.
十悪は 盛に 之を 犯す.

また たまたま ごせを ねがう ひとの 10あくを おかさずして ぜんにんの ごとくなるも.
亦 偶 後世を 願う 人の 十悪を 犯さずして 善人の 如くなるも.

じねんに ぐちの とがに よって しんくは よく こころは あしき しを しんず.
自然に 愚癡の 失に 依つて 身口は 善く 意は 悪しき 師を 信ず.

ただ われのみ この じゃほうを しんずるに あらず.
但 我のみ 此の 邪法を 信ずるに 非ず.

くにを ちぎょう する ひと じんみんを すすめて わがじゃほうに どうぜしめ.
国を 知行 する 人 人民を 聳て 我が 邪法に 同ぜしめ.

さいし けんぞく しょじゅうの ひとを もって また すすめ したがえ わが ぎょうを ぎょうぜしむ.
妻子 眷属 所従の 人を 以て 亦 聳め 従え 我が 行を 行ぜしむ.

ゆえに しょうほうを ぎょうぜしむる ひとに おいて けつえんを なさず.
故に 正法を 行ぜしむる 人に 於て 結縁を 作さず.

また たみ しょじゅうらに おいても ずいきの こころを いたさしめず.
亦 民 所従等に 於ても 随喜の 心を 至さしめず.

ゆえに じたともに ほうぼうの ものと なりて.
故に 自他共に 謗法の 者と 成りて.

しゅぜん しあくの ごとき ひとも じねんに あびじごくの ごうを まねくこと.
修善 止悪の 如き 人も 自然に 阿鼻地獄の 業を 招くこと.

まっぽうにおいて たぶん これ あるか.
末法に 於て 多分 之れ 有るか.

あなんそんじゃは じょうぼんおうの おい こくぼんおうの たいし.
阿難尊者は 浄飯王の 甥 斛飯王の 太子.

だいばだったの しゃてい しゃかにょらいの いとこ なり.
提婆達多の 舎弟 釈迦如来の 従子 なり.

にょらいに つかえ たてまつって 20ねん さくいざんまいを えて いちだいしょうしょうを さとれり.
如来に 仕え 奉つて 二十年 覚意三昧を 得て 一代聖教を 覚れり.

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ほとけ にゅうめつの のち あじゃせおう あなんを きえし たてまつる.
仏入滅の 後 阿闍世王 阿難を 帰依し 奉る.

ほとけの めつご 40ねんの ころ あなんそんじゃ.
仏の 滅後 四十年の 此 阿難尊者.

ひとつの ちくりんの なかに いたるに ひとりの びく あり.
一の 竹林の 中に 至るに 一りの 比丘 有り.

ひとつの ほっくの げを じゅして いわく.
一の 法句の 偈を 誦して 云く.

「もし ひと しょうじて 100さい なりとも.
「若し 人 生じて 百歳 なりとも.

みずの ろうかくを みずんば しょうじて いちにちにして.
水の 潦涸を 見ずんば 生じて 一日にして.

これを とけん することを えるに しかず」いじょう.
之を 覩見 することを 得るに 如かず」已上.

あなん この げを きき びくに かたって いわく.
阿難 此の 偈を 聞き 比丘に 語つて 云く.

これ ぶっせつに あらず なんじ しゅぎょう すべからず.
此れ 仏説に 非ず 汝修行 す可らず.

そのときに びく あなんに とうて いわく.
爾時に 比丘 阿難に 問うて 云く.

ぶっせつは いかん.
仏説は 如何.

あなん こたえて いわく.
阿難 答えて 云く.

もし ひと しょうじて 100さい なりとも しょうめつの ほうを げせずんば.
若 人 生じて 百歳 なりとも 生滅の 法を 解せずんば.

しょうじて いちにちにして これを げりょう することを えんには しかず.
生じて 一日にして 之を 解了 することを 得んには 如かず.

いじょう この もん ぶっせつ なり.
已上 此の 文 仏説 なり.

なんじが となうる ところの げは この もんを あやまりたる なり.
汝が 唱うる 所の 偈は 此の 文を 謬りたる なり.

その ときに びく この げを えて ほんしの びくに かたる.
爾の 時に 比丘 此の 偈を 得て 本師の 比丘に 語る.

ほんしの いわく.
本師の 云く.

われ なんじに おしうる ところの げは しんの ぶっせつ なり.
我 汝に 教うる 所の 偈は 真の 仏説 なり.

あなんが となうる ところの げは ぶっせつに あらず.
阿難が 唱うる 所の 偈は 仏説に 非ず.

あなん よわい ろうすいして ことば あやまり おおし しんず べからず.
阿難 年 老衰して 言 錯謬 多し 信ず 可らず.

この びく なお あなんの げを すてて もとの あやまりたる げを となう あなん.
此の 比丘 亦 阿難の 偈を 捨てて 本の 謬りたる 偈を 唱う 阿難.

また ちくりんに いりて これを きくに わが おしうる ところの げに あらず.
又 竹林に 入りて 之を 聞くに 我が 教うる 所の 偈に 非ず.

かさねて これを かたるに びく しんよう せざりき とう うんぬん.
重ねて 之を 語るに 比丘 信用 せざりき 等 云云.

ほとけの めつご 40ねんにさえ すでに あやまり しゅったいせり.
仏の 滅後 四十年に さえ 既に 謬り 出来せり.

いかに いわんや ほとけの めつご すでに 2000ねんを すぎたり.
何に 況んや 仏の 滅後 既に 二千余年を 過ぎたり.

ぶっぽう てんじくより とうどに いたり とうど より.
仏法 天竺 より 唐土に 至り 唐土 より.

にほんに いたる ろんし さんぞう にんし とう でんらいせり.
日本に 至る 論師 三蔵 人師 等 伝来せり.

さだめて あやまり なき ほうは まんが 1 なるか.
定めて 謬り 無き 法は 万が 一 なるか.

いかに いわんや とうせいの がくしゃ へんしゅうを さきと なして がまんを さしはさみ .
何に 況や 当世の 学者 偏執を 先と 為して 我慢を 挿み.

ひを みずと あらそい これを たださず.
火を 水と 諍い 之を 糾さず.

たまたま ほとけの きょうの ごとく きょうを のぶる がくしゃをも これを しんようせず.
偶仏の 教の 如く 教を 宣ぶる 学者をも 之を 信用せず.

ゆえに ほうぼうならざる ものは まんがいち なるか.
故に 謗法 ならざる 者は 万が一 なるか.

だい2に がきどうとは しょうほうねんきょうに いわく.
第二に 餓鬼道とは 正法念経に 云く.

「むかし たからを むさぼりて とさつ せるの もの この むくいを うく」と.
「昔 財を 貪りて 屠殺 せるの 者 此の 報を 受く」と.

また いわく「じょうぶ みずから びしょくを くらい さいしに あたえず.
亦 云く「丈夫 自ら 美食を クラい 妻子に 与えず.

あるいは ふじん みずから しょくして ふしに あたえざるは この むくいを うく」と.
或は 婦人 自ら 食して 夫子に 与えざるは 此の 報を 受く」と.

また いわく「みょうりを むさぼるが ために ふじょうせっぽう するもの この むくいをうく」と.
亦 云く「名利を 貪るが 為に 不浄説法 する者 此の 報を 受く」と.

また いわく「また むかし さけを うるに みずを くわうるもの この むくいを うく」と.
亦 云く「昔酒を ウルに 水を 加うる者 此の 報を 受く」と.

また いわく「もし ひと ろうして すこしく ものを えたるを.
亦 云く「若し 人 労して 少物を 得たるを.

おうわくして これを とり もちいけるもの この むくいを うく」と.
誑惑して 之を 取り 用いける者 此の 報を 受く」と.

また いわく「むかし こうろにんの びょうくありて ひごく せるに.
亦 云く「昔 行路人の 病苦 ありて 疲極 せるに.

その うりものを あざむき とり あたいを あたうること はくしょう なりしもの この むくいを うく」と.
其の 売を 欺き 取り 直を 与うること 薄少 なりし者 此の 報を 受く」と.

また いわく「むかし けいごくを つかさどり ひとの いんしょくを とりしもの この むくいを うく」と.
又 云く「昔 刑獄を 典主 人の 飲食を 取りし者 此の 報を 受く」と.

また いわく「むかし おんりょうじゅを きり および しゅうそうの おんりんを きりし もの この むくいを うく」と もん.
亦 云く「昔 陰凉樹を 伐り 及び 衆僧の 園林を 伐りし 者 此の 報を 受く」と 文.

ほけきょうに いわく「もし ひと しんぜずして このきょうを きぼう せば.
法華経に 云く「若し 人 信ぜずして 此の 経を 毀謗 せば.

つねに じごくに しょすること おんかんに あそぶが ごとく.
常に 地獄に 処すること 園観に 遊ぶが 如く.

よの あくどうに いたること おのれが しゃたくの ごとし」もん.
余の 悪道に 在ること 己が 舎宅の 如し」文.

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けんどん ちゅうとう とうの つみに よって がきどうに だする ことは せじん しりやすし.
慳貪 偸盗 等の 罪に 依つて 餓鬼道に 堕する ことは 世人 知り易し.

けんどん とう なき もろもろの ぜんにんも ほうぼうに より.
慳貪 等 無き 諸の 善人も 謗法に 依り.

また ほうぼうの ひとに しんごんし じねんに そのぎを しんずるに よって.
亦 謗法の 人に 親近し 自然に 其の 義を 信ずるに 依つて.

がきどうに だすることは ちしゃに あらざれば.
餓鬼道に 堕することは 智者に 非ざれば.

これを しらず よくよく おそるべきか.
之を 知らず 能く能く 恐る可きか.

だい3に ちくしょうどうとは ぐち むざんにして いたずらに しんせの たぶつを うけて.
第三に 畜生道とは 愚癡 無慙にして 徒に 信施の 他物を 受けて.

これを つぐなわざる もの この むくいを うくるなり.
之を 償わざる 者 此の 報を 受くるなり.

ほけきょうに いわく.
法華経に 云く.

もし ひと しんぜずして この きょうを きぼうせば まさに ちくしょうに だすべし」もん.
「若し 人 信ぜずして 此の 経を 毀謗せば 当に 畜生に 堕すべし」文.

いじょう さんあくどう なり.
已上 三悪道 なり.

だい4に しゅらどうとは しかんの 1に いわく.
第四に 修羅道とは 止観の 一に 云く.

「もし その こころ ねんねんに つねに かれに まさらん ことを ほっし.
「若し 其の 心 念念に 常に 彼に 勝らん ことを 欲し.

たえざれば ひとを くだし ほかを かろしめ.
耐えざれば 人を 下し 他を 軽しめ.

おのれを たっとぶ こと とびの たかく とびて みおろすが ごとし.
己を 珍ぶ こと 鵄の 高く 飛びて 下視が 如し.

しかも そとには じん ぎ れい ち しんを かかげて げぼんの ぜんしんを おこし.
而も 外には 仁 義 礼 智 信を 掲げて 下品の 善心を 起し.

あしゅらの どうを ぎょうずる なり」 もん.
阿修羅の 道を 行ずる なり」文.

だい5に にんどうとは ほうおんきょうに いわく.
第五に 人道とは 報恩経に 云く.

「3き 5かいは ひとに うまる」 もん.
「三帰 五戒は 人に 生る」文.

だい6に てんどうとは 2 あり.
第六に 天道とは 二 有り.

よくてんには 10ぜんを もちて うまれ.
欲天には 十善を 持ちて 生れ.

しきむしきてんには げじは そくしょう .
色無色天には 下地は ソ苦障.

じょうちは じょうみょうりの 6ぎょうかんを もって しょうずる なり.
上地は 静妙離の 六行観を 以て 生ずる なり.

とうて いわく 6どうの しょういんは かくの ごとし.
問うて 云く 六道の 生因は 是くの 如し.

そもそも どうじに 5かいを たもちて にんかいの せいを うくるに.
抑 同時に 五戒を 持ちて 人界の 生を 受くるに.

なんぞ しょうもう ろう おんあ ざろう れんびゃく はいる.
何ぞ 生盲 聾 オンア ザ陋 レンビャク 背傴.

びんぐ たびょう しんに とう むりょうの さべつ ありや.
貧窮 多病 瞋恚 等 無量の 差別 有りや.

こたえて いわく だいろんに いわく.
答えて 云く 大論に 云く.

「もしは しゅじょうの まなこを やぶり もしは しゅじょうの まなこを くじり.
「若は 衆生の 眼を 破り 若は 衆生の 眼を 屈り.

もしは しょうけんの まなこを やぶり ざいふく なしと いわん.
若は 正見の 眼を 破り 罪福 無しと 言わん.

この ひと しして じごくに だし つみ おわって ひとと なり.
是の 人 死して 地獄に 堕し 罪 畢つて 人と 為り.

うまれて より めくら なり.
生れて 従り 盲 なり.

もしは また ぶっとうの なかの かしゅ および もろもろの とうみょうを ぬすむ.
若は 復 仏塔の 中の 火珠 及び 諸の 灯明を 盗む.

かくの ごとき とうの しゅじゅの せんぜの ごう.
是くの 如き 等の 種種の 先世の 業.

いんねんを もって まなこを うしなう なり.
因縁を もて 眼を 失う なり.

ろうとは これ せんぜの いんねん しふの きょうくんを うけず ぎょうぜず.
聾とは 是れ 先世の 因縁 師父の 教訓を 受けず 行ぜず.

しかも かえって しんに す.
而も 反つて 瞋恚 す.

この つみを もっての ゆえに ろうと なる.
是の 罪を 以ての 故に 聾と なる.

また つぎに しゅじょうの みみを きり もしは しゅじょうの みみを やぶり.
復 次に 衆生の 耳を 截り 若は 衆生の 耳を 破り.

もしは ぶっとう そうとう もろもろの ぜんにん ふくでんの なかの けんち りん ばい.
若は 仏塔 僧塔 諸の 善人 福田の 中の ケン椎 鈴 貝.

および つづみを ぬすむ ゆえに この つみを うるなり.
及び 鼓を 盗む 故に 此の 罪を 得るなり.

せんぜに ほかの したを きり あるいは その くちを ふさぎ.
先世に 他の 舌を 截り 或は 其の 口を 塞ぎ.

あるいは あくやくを あたえて かたる ことを えざらしめ.
或は 悪薬を 与えて 語る ことを 得ざらしめ.

あるいは しの おしえ ふぼの きょうちょくを きき その ことばを たつ.
或は 師の 教 父母の 教勅を 聞き 其の 語を 断つ.

よに うまれて ひとと なり おしにして いうこと あたわず.
世に 生れて 人と 為り 唖にして 言うこと 能わず.

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せんぜに ほかの ざぜんを やぶり ざぜんの いえを やぶり.
先世に 他の 坐禅を 破り 坐禅の 舎を 破り.

もろもろの じゅじゅつを もって ひとを じゅして いからし とうじょうし いんよく せしむ.
諸の 咒術を 以て 人を 咒して 瞋らし 闘諍し 婬欲 せしむ.

こんぜに もろもろの けっしこうじゅう なること ばらもんの その とうでんを うしない.
今世に 諸の 結使厚重 なること 婆羅門の 其の 稲田を 失い.

その つま また しして そくじに きょうほつし らぎょうにして はしりが ごとく ならん.
其の 婦 復 死して 即時に 狂発し 裸形にして 走りしが 如く ならん.

せんぜに ほとけ あらかん ひゃくしぶつの じき および ふぼ しょしんの じきを うばえば.
先世に 仏 阿羅漢 辟支仏の 食 及び 父母 所親の 食を 奪えば.

ぶっせに あうと いえども なお けかち す.
仏世に 値うと 雖も 猶 故 飢渇 す.

つみの おもきを もっての ゆえなり.
罪の 重きを 以ての 故なり.

せんぜに このんで べんじょう こうりょう へいけいを ぎょうじ.
先世に 好んで 鞭杖 拷掠 閉繋を 行じ.

しゅじゅに なやますが ゆえに こんぜの やまいを えるなり.
種種に 悩すが 故に 今世の 病を 得るなり.

せんぜに たの みを やぶり その こうべを きり.
先世に 他の 身を 破り 其の 頭を 截り.

その てあしを きり しゅじゅの みぶんを やぶり.
其の 手足を 斬り 種種の 身分を 破り.

あるいは ぶつぞうを やぶり ぶつぞうの はな および もろもろの けんせいの ぎょうぞうを やぶり.
或は 仏像を 壊り 仏像の 鼻 及び 諸の 賢聖の 形像を 毀り.

あるいは ふぼの ぎょうぞうを やぶる.
或は 父母の 形像を 破る.

この つみを もっての ゆえに かたちを うくる.
是の 罪を 以ての 故に 形を 受くる.

おおく ぐそく せず また つぎに ふぜん ほうの むくい みを うくること しゅうるなり」もん.
多く 具足 せず 復 次に 不善法の 報 身を 受くること 醜陋 なり」文.

ほけきょうに いわく.
法華経に 云く.

もし ひと しんぜずして この きょうを きぼうせば.
「若し 人 信ぜずして 此の 経を 毀謗せば.

もし ひとと なることを えては しょこん あんどんにして .
若し 人と 為ることを 得ては 諸根 闇鈍にして.

もう ろう はいる ならん.
盲 聾 背傴 ならん.

くちの いき つねに くさく きみに じゃくせられん.
口の 気 常に 臭く 鬼魅に 著せられん.

びんぐげせんにして ひとに つかわれ たびょう しょうそうにして えこ するところ なく.
貧窮下賤にして 人に 使われ 多病瘠痩にして 依怙 する所 無く.

もしは ほかの はんぎゃくし しょうこうし せっとうせん.
若は 他の 叛逆し 抄劫し 竊盗せん.

かくの ごとき とうの つみ よこしまに その わざわいに かからん」もん.
是くの 如き 等の 罪 横に 其の 殃に 羅らん」文.

また 8の まきに いわく.
又 八の 巻に 云く.

もし また この きょうてんを じゅじするものを みて その かあくを いださん.
「若し 復 是の 経典を 受持 する 者を 見て 其の 過悪を 出さん.

もしは じつにも あれ もしは ふじつにも あれ.
若は 実にも あれ 若は 不実にも あれ.

この ひとは げんせに びゃくらいの やまいを えん.
此の 人は 現世に 白癩の 病を 得ん.

もし これを きょうしょうする こと あらんものは まさに せぜに.
若し 之を 軽笑する こと 有らん者は 当に 世世に.

げし すきかけ みにくき くちびる たいらめる はな しゅきゃく りょうらいし がんもく かくらいに.
牙歯 疎欠 醜き 脣 平める 鼻 手脚 繚戻し 眼目 角ライに.

しんたい しゅうえにして あくそう のうけつ すいふく たんけ もろもろの あくじゅうびょう あるべし もん.
身体 臭穢にして 悪瘡 膿血 水腹 短気 諸の 悪重病 あるべし」文.

とうて いわく いかなる ごうを しゅうする ものが 6どうに しょうじて その なかの おうと なるや.
問うて 云く 何なる 業を 修する 者が 六道に 生じて 其の 中の 王と 成るや.

こたえて いわく だいじょうの ぼさつかいを じして これを やぶる ものは.
答えて 云く 大乗の 菩薩戒を 持して 之を 破る 者は.

しきかいの ぼんのう よっかいの まおう たいしゃく 4りんのう.
色界の 梵王 欲界の 魔王 帝釈 四輪王.

きんじゅうおう えんまおう とうと なるなり.
禽獣王 閻魔王 等と 成るなり.

しんじかんぎょうに いわく.
心地観経に 云く.

しょおうの うくるところの もろもろの ふくらくは むかし かつて みっつの じょうかいを じし.
「諸王の 受くる 所の 諸の 福楽は 往昔 曾つて 三の 浄戒を 持し.

かいとく くんじゅうして まねき かんずる ところ にんてんの みょうか.
戒徳 薫修して 招き 感ずる 所 人天の 妙果.

おうの みを う ちゅうぼんに ぼさつかいを じゅじ すれば.
王の 身を 獲 中品に 菩薩戒を 受持 すれば.

ふくとく じざいの てんりんおうとして こころの しょさに したがって ことごとく みな じょうじ.
福徳 自在の 転輪王として 心の 所作に 随つて 尽く 皆 成じ.

むりょうの にん てん ことごとく じゅんぽう す.
無量の 人 天 悉く 遵奉 す.

げの じょうぼんに じすれば だいきおうとして いっさいの ひにん ことごとく そつふく す.
下の 上品に 持すれば 大鬼王として 一切の 非人 咸く 率伏 す.

かいほんを じゅじして けっぱんすと いえども かいの まさるるに よるが ゆえに.
戒品を 受持して 欠犯すと 雖も 戒の 勝るるに 由るが 故に.

おうと なる ことを とくげの ちゅうぼんに じすれば.
王と 為る ことを 得下の 中品に 持すれば.

きんじゅうの おうとして いっさいの ひそう みな きぶく す.
禽獣の 王として 一切の 飛走 皆 帰伏 す.

せいじょうの いましめに おいて けっぱん あるも.
清浄の 戒に 於て 欠犯 有るも.

かいの まさるるに よるが ゆえに おうとなる ことを う.
戒の 勝るるに 由るが 故に 王と 為ることを 得.

げの げぼんに じすれば えんまおうとして .
下の 下品に 持すれば エン魔王として.

じごくの なかに しょして つねに じざい なり.
地獄の 中に 処して 常に 自在 なり.

→a431

b432

きんかいを やぶり あくどうに しょうずと いえども.
禁戒を 毀り 悪道に 生ずと 雖も.

かいの まさるるに よるが ゆえに おうと なることを う.
戒の 勝るるに 由るが 故に 王と 為る 事を 得.

もし にょらいの かいを うけざる こと あれば.
若し 如来の 戒を 受けざる 事 有れば.

ついに やかんの みをも えること あたわず.
終に 野干の 身をも 得ること 能わず.

いかに いわんや よく にんてんの なかの さいしょうの けらくを かんじて おういに きょせん」もん.
何に 況んや 能く 人天の 中の 最勝の 快楽を 感じて 王位に 居せん」文.

あんねんおしょうの こうしゃくに いわく.
安然和尚の 広釈に 云く.

「ぼさつの だいかいは じして ほうおうと なり おかして せおうと なる.
「菩薩の 大戒は 持して 法王と 成り 犯して 世王と 成る.

しかも かいの しっせざる こと.
而も 戒の 失せざる こと.

たとえば きんぎんを うつわと なすに もちゆるに.
譬えば 金銀を 器と 成すに 用ゆるに.

とうとく うつわを やぶりて もちいざるも しかも たからは しっせざるが ごとし」.
貴く 器を 破りて 用いざるも 而も 宝は 失せざるが 如し」.

また いわく「むりょうじゅかんに いわく.
亦 云く「無量寿観に 云く.

こっしょより このかた 8まんの おう あって ちちを さつがいす と.
劫初 より 已来 八万の 王 有つて 其の 父を 殺害す と.

これ すなわち ぼさつかいを うけて こくおうと なると いえども.
此 則ち 菩薩戒を 受けて 国王と 作ると 雖も.

いま さつの かいを おかして みな じごくに おつれども.
今 殺の 戒を 犯して 皆 地獄に 堕れども.

はんかいの ちからも おうと なるなり」.
犯戒の 力も 王と 作るなり」.

だいぶっちょうきょうに いわく.
大仏頂経に 云く.

「ほっしんの ぼさつ つみを おかせども しばらく てんじんちぎと なる」と.
「発心の 菩薩 罪を 犯せども 暫く 天神地祇と 作る」と.

だいずいぐに いわく.
大随求に 云く.

「てんてい いのち つきて たちまち ろの はらに いれども.
「天帝 命 尽きて 忽ち 驢の 腹に 入れども.

ずいぐの ちからに よって かえって てんじょうに しょうず」と.
随求の 力に 由つて 還つて 天上に 生ず」と.

そんしょうに いわく.
尊勝に 云く.

「ぜんじゅうてんし しご 7へん ちくしょうの みに だすべきを.
「善住天子 死後 七返 畜生の 身に 堕すべきを.

そんしょうの ちからに よって かえって てんの むくいを えたり」と.
尊勝の 力に 由つて 還つて 天の 報を 得たり」と.

むかし こくおう あり せんしゃを もって みずを はこび ぶっとうの やくるを すくう.
昔 国王 有り 千車を もて 水を 運び 仏塔の 焼くるを 救う.

みずから きょうしんを おこして あしゅらおうと なる.
自ら キョウ心を 起して 阿修羅王と 作る.

むかし りょうのぶてい 5ひゃくの けさを しゅみせんの 5ひゃくの らかんに ほどこす.
昔 梁の武帝 五百の 袈裟を 須弥山の 五百の 羅漢に 施す.

しこう いわく「むかし 5ひゃくに ほどこすに ひとりの しゅうを かけり.
誌公 云く「往五百に 施すに 一りの 衆を 欠けり.

つみを おかして しばらく にんおうと なる すなわち ぶてい これなり.
罪を 犯して 暫く 人王と 作る 即ち 武帝 是なり.

むかし こくおうと あって たみを おさむること ひとしからず.
昔 国王 有つて 民を 治むる こと 等からず.

いま てんおうと なれど だいきおうと なる.
今 天王と 作れども 大鬼王と 為る.

すなわち とうなんせいの 3てんおう これなり.
即ち 東南西の 三天王 是なり.

くるそんの すえに ぼさつと なりて はっせいし.
拘留孫の 末に 菩薩と 成りて 発誓し.

げんに ほっぽう びしゃもんと なる これなり」うんぬん.
現に 北方 毘沙門と 作る 是なり」云云.

これらの もんを もって これを おもうに.
此等の 文を 以て 之を 思うに.

しょうじょうかいを じして やぶる ものは 6どうの たみと なり.
小乗戒を 持して 破る 者は 六道の 民と 作り.

だいじょうかいを はする ものは 6どうの おうと なり.
大乗戒を 破する 者は 六道の 王と 成り.

じする ものは ほとけと なる これなり.
持する 者は 仏と 成る 是なり.

だい7に しょうもんどうとは この かいの いんが をば.
第七に 声聞道とは 此の 界の 因果 をば.

あごん しょうじょう 12ねんの きょうに ふんみょうに これを あかせり.
阿含 小乗 十二年の 経に 分明に 之を 明せり.

しょだいじょうきょうに おいても だいに たいせんが ために また これをば あかせり.
諸大乗経に 於ても 大に 対せんが 為に 亦 之をば 明せり.

しょうもんに おいて 4しゅ あり.
声聞に 於て 四種 有り.

1には うばそく ぞくなん なり.
一には 優婆塞 俗男 なり.

5かいを じし く くう むじょう むがの かんを しゅうし.
五戒を 持し 苦 空 無常 無我の 観を 修し.

じちょう じどの こころ つよくして.
自調 自度の 心 強くして.

あえて けたの こころ なく けんじを だんじんして あらかんと なる.
敢て 化他の 意 無く 見思を 断尽して 阿羅漢と 成る.

かくの ごとく するとき じねんに かみを そるに みずから おつ.
此くの 如く する時 自然に 髪を 剃るに 自ら 落つ.

2には うばそく ぞくにょ なり.
二には 優婆夷 俗女 なり.

5かいを じし かみを そるに みずから おつること おとこの ごとし.
五戒を 持し 髪を 剃るに 自ら 落つる こと 男の 如し.

3には びくそう なり.
三には 比丘僧 なり.

250かい ぐそくかい なりを じして.
二百五十戒 具足戒 なりを 持して.

く くう むじょう むがの かんを しゅうし.
苦 空 無常 無我の 観を 修し.

けんじを だんじて あらかんと なる.
見思を 断じて 阿羅漢と 成る.

かくの ごとく するのとき かみを そらざれども しょうぜず.
此くの 如く するの時 髪を 剃らざれども 生ぜず.

→a432

b433

4に びくに なり.
四に 比丘尼 なり.

5ひゃくかいを じす よは びくの ごとし.
五百戒を 持す 余は 比丘の 如し.

いちだいしょきょうに れつざせる しゃりほつ もくれん とうの ごとき しょうもん これなり.
一代諸経に 列座せる 舎利弗 目連 等の 如き 声聞 是なり.

ながく 6どうに しょうぜず また ぶつぼさつとも ならず.
永く 六道に 生ぜず 亦 仏菩薩とも 成らず.

けしんめっちし けつじょうして ほとけに ならざる なり.
灰身滅智し 決定して 仏に 成らざる なり.

しょうじょうかいの てほんたる じんぎょうじゅの かいは.
小乗戒の 手本たる 尽形寿の 戒は.

いちど えしんを やぶれば ながく かいの くどく なし.
一度 依身を 壊れば 永く 戒の 功徳 無し.

じょうぼんを じすれば にじょうと なり.
上品を 持すれば 二乗と 成り.

ちゅうげを じすれば にんてんに しょうじて たみと なる.
中下を 持すれば 人天に 生じて 民と 為る.

これを やぶれば さんあくどうに だして ざいにんと なるなり.
之を 破れば 三悪道に 堕して 罪人と 成るなり.

あんねんおしょうの こうしゃくに いわく.
安然和尚の 広釈に 云く.

「さんぜんは せかい なり.
「三善は 世戒 なり.

いん しょうじて かを かんじ ごう つきて あくに だす.
因 生して 果を 感じ 業 尽きて 悪に 堕す.

たとえば ようようの あき いたれば きんに にれども あき されば ちに おつるが ごとし.
譬えば 楊葉の 秋 至れば 金に 似れども 秋 去れば 地に 落つるが 如し.

2じょうの しょうかいは じするときは か つたなく やぶる ときは ながく すつ.
二乗の 小戒は 持する 時は 果 拙く 破る 時は 永く 捨つ.

たとえば がきの まったくして もちうるに いやしく.
譬えば 瓦器の 完くして 用うるに 卑しく.

もし やぶれば ながく うするが ごとし」もん.
若し 破れば 永く 失するが 如し」文.

だい8に えんがくどうとは 2 あり.
第八に 縁覚道とは 二 有り.

1には ぶぎょうどくかく.
一には 部行独覚.

ぶつぜんに ありて しょうもんの ごとく しょうじょうの ほうを ならい.
仏前に 在りて 声聞の 如く 小乗の 法を 習い.

しょうじょうの かいを じし けんじを だんじて ようふじょうぶつ の ものと なる.
小乗の 戒を 持し 見思を 断じて 永不成仏の 者と 成る.

2には りんゆどくかく.
二には 鱗喩独覚.

むぶつの よに ありて ひけらくようを みて.
無仏の 世に 在りて 飛花落葉を 見て.

く くう むじょう むがの かんを なし.
苦 空 無常 無我の 観を 作し.

けんじを だんじて ようじょうぶつの みと なる かいも また しょうもんの ごとし.
見思を 断じて 永不成仏の 身と 成る 戒も 亦 声聞の 如し.

この しょうもん えんがくを 2じょうとは いうなり.
此の 声聞縁覚を 二乗とは 云うなり.

だい9に ぼさつかいとは 6どうの ぼんぷの なかに おいて.
第九に 菩薩界とは 六道の 凡夫の 中に 於て.

じしんを かろんじ たにんを おもんじ.
自身を 軽んじ 他人を 重んじ.

あくを もって おのれにむけ ぜんを もって ほかに あたえんと おもう もの あり.
悪を 以て 己に 向け 善を 以て 他に 与えんと 念う 者 有り.

ほとけ このひとの ために だいじょうきょうに おいて ぼさつかいを とき たまえり.
仏 此の 人の 為に 諸の 大乗経に 於て 菩薩戒を 説き たまえり.

この ぼさつかいに おいて 3 あり.
此の 菩薩戒に 於て 三有り.

1には しょうぜんぽうかい.
一には 摂善法戒.

いわゆる 8まん4せんの ほうもんを ならいつくさんと がんす.
所謂 八万四千の 法門を 習い 尽さんと 願す.

2には にょうやくうじょうかい.
二には 饒益有情戒.

いっさいしゅじょうを どしての のちに みずから じょうぶつせんと ほっする これなり.
一切衆生を 度しての 後に 自ら 成仏せんと 欲する 是なり.

3には しょうりつぎかい いっさいの しょかいを ことごとく じせんと ほっする これなり.
三には 摂律儀戒 一切の 諸戒を 尽く 持せんと 欲する 是なり.

けごんきょうの こころを のぶる ぼんもうきょうに いわく.
華厳経の 心を 演ぶる 梵網経に 云く.

「ほとけ ものもろの ぶっしに つげて いわく.
「仏 諸の 仏子に 告げて 言く.

10じゅうの はらだいもくしゃ あり.
十重の 波羅提木叉 有り.

もし ぼさつかいを うけて この かいを じゅせる ものは.
若し 菩薩戒を 受けて 此の 戒を 誦せざる 者は.

ぼさつに あらず ほとけの しゅしに あらず.
菩薩に 非ず 仏の 種子に 非ず.

われも また かくのごとく じゅす.
我も 亦 是くの 如く 誦す.

いっさいの ぼさつは すでに がくし いっさいの ぼさつは まさに がくし いっさいの ぼさつは いま がくす」もん.
一切の 菩薩は 已に 学し 一切の 菩薩は 当に 学し 一切の 菩薩は 今 学す」文.

ぼさつというは 2じょうを のぞいて いっさいの うじょう なり.
菩薩と 言うは 二乗を 除いて 一切の 有情 なり.

しょうじょうの ごときは かいに したがって ことなる なり.
小乗の 如きは 戒に 随つて 異る なり.

ぼさつかいは しからず いっさいの うしんに かならず じゅうじゅうきん とうを さずく.
菩薩戒は 爾らず 一切の 有心に 必ず 十重禁 等を 授く.

いっかいを じするを いちぶんの ぼさつと いい.
一戒を 持するを 一分の 菩薩と 云い.

つぶさに じゅうぶんを うくるを ぐそくの ぼさつと なづく.
具に 十分を 受くるを 具足の 菩薩と 名く.

ゆえに ようらくきょうに いわく.
故に 瓔珞経に 云く.

「いちぶんの かいを うくること あれば いちぶんの ぼさつと なづけ.
「一分の 戒を 受くること 有れば 一分の 菩薩と 名け.

ないし 2ぶん 3ぶん 4ぶん 10ぶん なるを ぐそくの じゅかいと いう」もん.
乃至 二分 三分 四分 十分 なるを 具足の 受戒と 云う」文.

→a433

b434

とうて いわく にじょうを のぞくの もん いかん.
問うて 云く 二乗を 除くの 文 如何.

こたえて いわく ぼんもうきょうに ぼさつかいを うくるものを つらねて いわく.
答えて 云く 梵網経に 菩薩戒を 受くる者を 列ねて 云く.

「もし ぶっかいを うくるものは こくおう おうじ ひゃっかん さいしょう びく びくに.
「若し 仏戒を 受くる 者は 国王 王子 百官 宰相 比丘 比丘尼.

18ぼんてん 6よくてんし しょみん こうもん いんなん いんにょ.
十八梵天 六欲天子 庶民 黄門 婬男 婬女.

ぬび 8ぶ きじん こんごうしん ちくしょう ないし へんげにんにも あれ.
奴婢 八部 鬼神 金剛神 畜生 乃至 変化人にも あれ.

ただ ほっしの ことばを げするは ことごとく かいを じゅとく すれば.
但 法師の 語を 解するは 尽く 戒を 受得 すれば.

みな だいいちせいじょうの ものと なづく」もん.
皆 第一清浄の 者と 名く」文.

このなかに おいて にじょう なきなり.
此の 中に 於て 二乗 無きなり.

ほうとうぶの けっきょうたる ようらくきょうにも また にじょう なし.
方等部の 結経たる 瓔珞経にも 亦 二乗 無し.

とうて いわく.
問うて 云く.

にじょう しょじの ふせっしょうかいと ぼさつ しょじの ふせっしょうかいと さべつ いかん.
二乗 所持の 不殺生戒と 菩薩所持の 不殺生戒と 差別 如何.

こたえて いわく.
答えて 云く.

しょじの かいの なは おなじしと いえども じする さま ならびに しんねん ながく ことなるなり.
所持の 戒の 名は 同じと 雖も 持する 様 並に 心念 永く 異るなり.

ゆえに かいの くどくも また せんじん あり.
故に 戒の 功徳も 亦 浅深 あり.

とうて いわく ことなる さま いかん.
問うて 云く 異なる 様 如何.

こたえて いわく にじょうの ふせっしょうは ながく 6どうに かえらんと おもわず.
答えて 云く 二乗の 不殺生戒は 永く 六道に 還らんと 思わず.

ゆえに けどうの こころ なし.
故に 化導の 心 無し.

また ぶつ ぼさつと ならんと おもわず.
亦 仏 菩薩と 成らんと 思わず.

ただ けしんめっちの おもいを なすなり.
但 灰身滅智の 思を 成すなり.

たとえば きを やき はいと なしての のちに いちじんも なきが ごとし.
譬えば 木を 焼き 灰と 為しての 後に 一塵も 無きが 如し.

ゆえに この かいをば がきに たとう.
故に 此の 戒をば 瓦器に 譬う.

やぶれて のち もちうること なきが ゆえなり.
破れて 後 用うること 無きが 故なり.

ぼさつは しからず にょうやくうじょうかいを ほっして この かいを じするが ゆえに.
菩薩は 爾らず 饒益有情戒を 発して 此の 戒を 持するが 故に.

きを みて 5ぎゃく 10あくを つくり.
機を 見て 五逆 十悪を 造り.

おなじく おかせども この かいは やぶれず.
同く 犯せども 此の 戒は 破れず.

かえって いよいよ かいたいを まったくす.
還つて 弥弥 戒体を 全くす.

ゆえに ようらくきょうに いわく.
故に 瓔珞経に 云く.

「おかすこと あれども しっせず みらいさいを つくす」もん.
「犯すこと 有れども 失せず 未来際を 尽くす」文.

ゆえに この かいをば きんぎんの うつわに たとう.
故に 此の 戒をば 金銀の 器に 譬う.

まったくして じする ときも はする ときも ながく しっせざるが ゆえなり.
完くして 持する 時も 破する 時も 永く 失せざるが 故なり.

とうて いわく この かいを じする ひとは いくこうを えて じょうぶつ するや.
問うて 云く 此の 戒を 持する 人は 幾劫を 経てか 成仏 するや.

こたえて いわく ようらくきょうに いわく.
答えて 云く 瓔珞経に 云く.

「いまだ じゅうぜんに のぼらざる もしくは.
「未だ 住前に 上らざる 若は.

1こう 2こう 3こう ないし 10ごうを へて しょじゅうの くらいの なかに いることを う」もん.
一劫 二劫 三劫 乃至 十劫を 経て 初住の 位の 中に 入ることを 得」文.

もんの こころは ぼんぷに おいて この かいを じするを しんいの ぼさつと いう.
文の 意は 凡夫に 於て 此の 戒を 持するを 信位の 菩薩と 云う.

しかりと いえども 1こう 2こう ないし 10こうの あいだは 6どうに ちんりんし.
然りと 雖も 一劫 二劫 乃至 十劫の 間は 六道に 沈輪し.

10こうを へて ふたいの くらいに いり.
十劫を 経て 不退の 位に 入り.

ながく 6どうの くを うけざるを ふたいの ぼさつと いう.
永く 六道の 苦を 受けざるを 不退の 菩薩と 云う.

いまだ ほとけに ならず.
未だ 仏に 成らず.

かえって 6どうに いれども く なきなり.
還つて 六道に 入れども 苦 無きなり.

だい10に ぶっかいとは ぼさつの くらいに おいて.
第十に 仏界とは 菩薩の 位に 於て.

4ぐせいがんを おこすを もって かいと なす.
四弘誓願を 発すを 以て 戒と 為す.

3そうぎゃの あいだ 6ど まんぎょうを しゅうし.
三僧祇の 間 六度 万行を 修し.

けんじ じんじゃ むみょうの 3わくを だんじんして ほとけと なる.
見思 塵沙 無明の 三惑を 断尽して 仏と 成る.

ゆえに しんじかんぎょうに いわく.
故に 心地観経に 云く.

「3そうぎやだいこうの なかに つぶさに ひゃくせんの もろもろの くぎょうを しゅうし.
「三僧企耶大劫の 中に 具に 百千の 諸の 苦行を 修し.

くどく えんまんにして ほうかいに あまねく 10ち くきょうして 3じんを あらわす」もん.
功徳 円満にして 法界に 遍く 十地 究竟して 三身を 証す」文.

いんいに おいて もろもろの かいを たもち ぶっかの くらいに いたって ぶっしんを そうごんす.
因位に 於て 諸の 戒を 持ち 仏果の 位に 至つて 仏身を 荘厳す.

32そう 80しゅごうは すなわち この かいの くどくの かんずる ところなり.
三十二相 八十種好は 即ち 是の 戒の 功徳の 感ずる 所なり.

ただし ぶっかの くらいに いたれば かいたい しっす.
但し 仏果の 位に 至れば 戒体 失す.

たとえば はなの このみと なって はなの かたち なきが ごとし.
譬えば 華の 果と 成つて 華の 形 無きが 如し.

→a434

b435

ゆえに てんだいの ぼんもうきょうの しょに いわく.
故に 天台の 梵網経の 疏に 云く.

「ぶっかに いたって すなわち はいす」もん.
「仏果に 至つて 乃ち 廃す」文.

とうて いわく.
問うて 云く.

ぼんもうきょうとうの だいじょうかいは げんしんに 7ぎゃくを つくれると.
梵網経等の 大乗戒は 現身に 七逆を 造れると.

ならびに けつじょうしょうの にじょうとを ゆるすや.
並に 決定性の 二乗とを 許すや.

こたえて いわく ぼんもうきょうに いわく.
答えて 云く 梵網経に 云く.

「もし かいを うけんと ほっする ときは し とい いうべし.
「若し 戒を 受けんと 欲する 時は 師 問い 言うべし.

なんじ げんしんに しちぎゃくの つみを つくらざるやと.
汝 現身に 七逆の 罪を 作らざるやと.

ぼさつの ほっしは しちぎゃくの ひとの ために げんしんに かいを うけしむる ことを えず」もん.
菩薩の 法師は 七逆の 人の 与に 現身に 戒を 受けしむる ことを 得ず」文.

この もんの ごとくんば 7ぎゃくの ひとは げんしんに じゅかいを ゆるさず.
此の 文の 如くんば 七逆の 人は 現身に 受戒を 許さず.

だいはんにゃきょうに いわく.
大般若経に 云く.

「もし ぼさつ たとい ごうがしゃこうに みょうの 5よくを うくるとも.
「若し 菩薩 設い 恒河沙劫に 妙の 五欲を 受くるとも.

ぼさつかいに おいては なお ぼんと なづけず.
菩薩戒に 於ては 猶犯と 名けず.

もし いちねん にじょうの こころを おこさば すなわち なづけて ぼんと なす」もん.
若し 一念二乗の 心を 起さば 即ち 名けて 犯と 為す」文.

だいしょうごんろんに いわく.
大荘厳論に 云く.

「つねに じごくに しょすと いえども だいぼだいを ささえず.
「恒に 地獄に 処すと 雖も 大菩提を 障ず.

もし じりの こころを おこさば これ だいぼだいの さわり なり」もん.
若し 自利の 心を 起さば 是れ 大菩提の 障 なり」文.

これらの もんの ごとくんば 6ぼんに おいては.
此等の 文の 如くんば 六凡に 於ては.

ぼさつかいを さずけ にじょうに おいては せいしを くわうる ものなり.
菩薩戒を 授け 二乗に 於ては 制止を 加うる 者なり.

にじょうかいを きらうは にじょう しょじの 5かい 8かい 10かい.
二乗戒を 嫌うは 二乗 所持の 五戒 八戒 十戒.

10ぜんかい 250かい とうを きらうに あらず.
十善戒 二百五十戒 等を 嫌うに 非ず.

かの かいは ぼさつも じすべし.
彼の 戒は 菩薩も 持す可し.

ただ にじょうの しんねんを きらうなり.
但 二乗の 心念を 嫌うなり.

それ おもんみれば じかいは ふぼ しそう こくおう しゅくんの いっさいしゅじょう.
夫れ 以みれば 持戒は 父母 師僧 国王 主君の 一切衆生.

3ぽうの おんを ほうぜんが ためなり.
三宝の 恩を 報ぜんが 為なり.

ふぼは よういくの おん ふかし.
父母は 養育の 恩 深し.

いっさいしゅじょうは たがいに あい たすくる おん おもし.
一切衆生は 互に 相 助くる 恩 重し.

こくおうは しょうほうを もって よを おさむれば じた あんのん なり.
国王は 正法を 以て 世を 治むれば 自他 安穏 なり.

これに よって ぜんを しゅうすれば  おん おもし.
此に 依つて 善を 修すれば 恩 重し.

しゅくんも また かの おんを こうむりて ふぼ さいし けんぞく しょじゅう ぎゅうば とうを やしなう.
主君も 亦 彼の 恩を 蒙りて 父母 妻子 眷属 所従 牛馬 等を 養う.

たとい しからずと いえども いっしんを かえりみる とうの おん これ おもし.
設い 爾らずと 雖も 一身を 顧る 等の 恩 是 重し.

しは また じゃどうを とじ しょうどうに おもむかしむる とうの おん これ ふかし.
師は 亦 邪道を 閉じ 正道に 趣かしむる 等の 恩 是 深し.

ぶつおんは いうに およばず かくのごとく むりょうの おんぶん これ あり.
仏恩は 言うに 及ばず 是くの 如く 無量の 恩分 之 有り.

しかるに にじょうは これらの ほうおん みな かけたり.
而るに 二乗は 此等の 報恩 皆 欠けたり.

ゆえに いちねんも にじょうの こころを おこすは 10あく 5ぎゃくに すぎたり.
故に 一念も 二乗の 心を 起すは 十悪 五逆に 過ぎたり.

いちねんも ぼさつの こころを おこすは いっさいしょぶつの ごしんの くどくを おこせる なり.
一念も 菩薩の 心を 起すは 一切諸仏の 後心の 功徳を 起せる なり.

いじょう 4じゅうよねんの あいだの だいしょうじょうの かい なり.
已上 四十余年の 間の 大小乗の 戒 なり.

ほけきょうの かいと いうは 2 あり.
法華経の 戒と 言うは 二 有り.

1には そうたいみょうの かい 2には ぜったいみょうの かい なり.
一には 相待妙の 戒 二には 絶待妙の 戒 なり.

まず そうたいみょうの かいとは 4じゅうよねん だいしょうじょうの かいと ほけきょうの かいと.
先ず 相待妙の 戒とは 四十余年の 大小乗の 戒と 法華経の 戒と.

そうたいして にぜんを そかいといい ほけきょうを みょうかいと いうて.
相対して 爾前を ソ戒と 云い 法華経を 妙戒と 云うて.

しょきょうの かいをば みけんしんじつの かい りゃっこうしゅぎょうの かい けつじょうしょうの にじょうかいと きらうなり.
諸経の 戒をば 未顕真実の 戒 歴劫修行の 戒 決定性の 二乗戒と 嫌うなり.

ほけきょうの かいは しんじつの かい そくしつとんじょうの かい にじょうの じょうぶつを きらわざる かい とうを そうたいして. 
法華経の 戒は 真実の 戒 速疾頓成の 戒 二乗の 成仏を 嫌わざる 戒 等を 相対して.

そみょうを ろんずるを そうたいみょうの かいと いうなり.
ソ妙を 論ずるを 相対妙の 戒と 云うなり.

とうて いわく ぼんもうきょうに いわく.
問うて 云く 梵網経に 云く.

「しゅじょう ぶっかいを うくれば すなわち しょぶつの くらいに いる.
「衆生 仏戒を 受くれば 即ち 諸仏の 位に 入る.

くらい だいかくに おなじ すでに じつに これ しょぶつの こ なり」もん.
位 大覚に 同じ 已に 実に 是 諸仏の 子 なり」文.

→a435

b436

けごんきょうに いわく しょほっしんの とき すなわち しょうかくを じょうず」もん.
華厳経に 云く「初発心の 時 便ち 正覚を 成ず」文.

だいぼんきょうに いわく しょほっしんの とき すなわち どうじょうに ざす」もん.
大品経に 云く「初発心の 時 即ち 道場に 坐す」文.

これらの もんの ごとくんば 40よねんの だいじょうかいに おいて.
此等の 文の 如くんば 四十余年の 大乗戒に 於て.

ほけきょうの ごとく そくしつとんじょうの かい あり.
法華経の 如く 速疾頓成の 戒 有り.

なんぞ ただ りゃっこうしゅぎょうの かい なりと いうや.
何ぞ 但 歴劫修行の 戒 なりと 云うや.

こたえて いわく これに おいて 2ぎ あり.
答えて 云く 此れに 於て 二義 有り.

1ぎに いわく.
一義に 云く.

40よねんの あいだに おいて りゃっこうしゅぎょうの かいと そくしつとんじょうの かいと あり.
四十余年の 間に 於て 歴劫修行の 戒と 速疾頓成の 戒と 有り.

ほけきょうに おいては ただ ひとつの そくしつとんじょうの かい のみ あり.
法華経に 於ては 但 一つの 速疾頓成の 戒 のみ 有り.

その なかに おいて 40よねんの あいだの りゃっこうしゅぎょうの かいに おいては ほけきょうの かいに おとると.
其の 中に 於て 四十余年の 間の 歴劫修行の 戒に 於ては 法華経の 戒に 劣ると.

いえども 40よねんの あいだの そくしつとんじょうの かいに おいては ほけきょうの かいに おなじ.
雖も 四十余年の 間の 速疾頓成の 戒に 於ては 法華経の 戒に 同じ.

ゆえに かみに いだす ところの しゅじょうぶっかいを うくれば すなわち しょぶつの くらいに いる とうの もんは.
故に 上に 出す 所の 衆生仏戒を 受れば 即ち 諸仏の 位に 入る 等の 文は.

ほけきょうの しゅゆもんし そくとくくきょうの もんに これ おなじ.
法華経の 須臾聞之 即得究竟の 文に 之 同じ.

ただし むりょうぎきょうに 40よねんの きょうを あげて りゃっこうしゅぎょう とうと いえるは.
但し 無量義経に 四十余年の 経を 挙げて 歴劫修行 等と 云えるは.

40よねんの うちの りゃっこうしゅぎょうの かい ばかりを きらうなり.
四十余年の 内の 歴劫修行の 戒 計りを 嫌うなり.

そくしつとんじょうの かいを うたがわざる なり.
速疾頓成の 戒をば 嫌わざる なり.

1ぎに いわく 40よねんの あいだの かいは いっこうに りゃっこうしゅぎょうの かい.
一義に 云く 四十余年の 間の 戒は 一向に 歴劫修行の 戒.

ほけきょうの かいは そくしつとんじょうの かい なり.
法華経の 戒は 速疾頓成の 戒 なり.

ただし かみに いだす ところの 40よねんの そくしつとんじょうの かいに おいては.
但し 上に 出す 所の 四十余年の 諸経の 速疾頓成の 戒に 於ては.

ぼんぷ じ より そくしつとんじょう するに あらず.
凡夫 地 より 速疾頓成 するに 非ず.

ぼんぷ じ より むりょうの ぎょうを じょうじて むりょうこうをへ さいごに おいて.
凡夫 地 より 無量の 行を 成じて 無量劫を経 最後に 於て.

ぼんぷ ち より そくしんじょうぶつ す.
凡夫 地 より 即身成仏 す.

ゆえに さいごに したがえて そくしつとんじょうとは とくなり.
故に 最後に 従えて 速疾頓成とは 説くなり.

いしつに これを ろんぜば りゃっこうしゅぎょうの しょしょう なり.
委悉に 之を 論ぜば 歴劫修行の 所摂 なり.

ゆえに むりょうぎきょうには すべて 40よねんの きょうを あげて.
故に 無量義経には 総て 四十余年の 経を 挙げて.

ほとけ むりょうぎきょうの そくしつとんじょうに たいして せんぜつ.
仏 無量義経の 速疾頓成に 対して 宣説.

ぼさつ りゃっこうしゅぎょうと きらい たまえり.
菩薩 歴劫修行と 嫌い たまえり.

だいしょうごんぼさつの この ぎを うけて りょうげして いわく.
大荘厳菩薩の 此の 義を 承けて 領解して 云く.

「むりょうむへん ふかしぎあそうぎこうを すぐれども.
「無量無辺 不可思議阿僧祇劫を 過れども.

ついに むじょうぼだいを じょうずる ことを えず.
終に 無上菩提を 成ずることを 得ず.

なにを もっての ゆえに ぼさつの だいじきどうを しらざるが ゆえに.
何を 以ての 故に 菩提の 大直道を 知らざるが 故に.

けんぎょうを いくに るなん おおきが ゆえに.
険逕を 行くに 留難 多きが 故に.

ないし だいじきどうを いくに るなん なきが ゆえに」もん.
乃至 大直道を 行くに 留難 無きが 故に」文.

もし 40よねんの あいだに むりょうぎきょう ほけきょうの ごとく.
若し 四十余年の 間に 無量義経 法華経の 如く.

そくしつとんじょうの かい これ あれば.
速疾頓成の 戒 之れ 有れば.

ほとけ みだりに 40よねんの じつぎを かくし たまうの とが これ あり うんぬん.
仏 猥りに 四十余年の 実義を 隠し 給うの 失 之れ 有り 云云.

2ぎの なかに のちの ぎを つくる ものは ぞんちの ぎ なり.
二義の 中に 後の 義を 作る 者は 存知の 義 なり.

そうたいみょうの かい これなり.
相待妙の 戒 是なり.

つぎに ぜったいみょうの かい とは ほけきょうに おいては べつの かい なし.
次に 絶待妙の 戒とは 法華経に 於ては 別の 戒 無し.

にぜんの かい すなわち ほけきょうの かい なり.
爾前の 戒 即ち 法華経の 戒 なり.

その ゆえは にぜんの にんてんの ようようかい しょうじょう あごんきょうの 2じょうの がきかい.
其の 故は 爾前の 人天の 楊葉戒 小乗阿含経の 二乗の 瓦器戒.

けごん ほうとう はんにゃ かんぎょうとうの りゃっこうぼさつの こんごんかいの ぎょうじゃ.
華厳 方等 般若 観経 等の 歴劫菩薩の 金銀戒の 行者.

ほけきょうに いたって たがいに わえして いちどうと なる.
法華経に 至つて 互に 和会して 一同と 成る.

ゆえに にんてんの ようようかいの ひとは 2じょうの がき.
所以に 人天の 楊葉戒の 人は 二乗の 瓦器.

ぼさつの こんごんかいを ぐし ぼさつの こんごんかいに にんてんの ようよう.
菩薩の 金銀戒を 具し 菩薩の 金銀戒に 人天の 楊葉.

2じょうの がきを ぐす.
二乗の 瓦器を 具す.

よは もって しんぬべし.
余は 以て 知んぬ可し.

3あくどうのひとは げんしんに おいて かい なし.
三悪道の 人は 現身に 於て 戒 無し.

→a436

b437

かこに おいて にんてんに うまれし とき.
過去に 於て 人天に 生れし 時.

にんてんの ようよう 2じょうの がきぼさつに こんごんかいを.
人天の 楊葉 二乗の 瓦器菩薩の 金銀戒を.

たもち たいして 3あくどうに だす.
持ち 退して 三悪道に 堕す.

しかりと いえども その くどく いまだ うせず これ あり.
然りと 雖も 其の 功徳 未だ 失せず 之 有り.

3あくどうの ひと ほけきょうに いるとき その かい これを おこす.
三悪道の 人 法華経に 入る時 其の 戒 之を 起す.

ゆえに 3あくどうにも また じっかいを ぐす.
故に 三悪道にも 亦 十界を 具す.

ゆえに にぜんの じっかいの ひと ほけきょうに らいし すれば みな じかい なり.
故に 爾前の 十界の 人 法華経に 来至 すれば 皆 持戒 なり.

ゆえに ほけきょうに いわく これを じかいと なづく」もん.
故に 法華経に 云く「是を 持戒と 名く」文.

あんねんわじょうの こうしゃくに いわく.
安然和尚の 広釈に 云く.

「ほけきょうに いわく よく ほっけを とく これを じかいと なづく」もん.
「法華に 云く 能く 法華を 説く 是を 持戒と 名く」文.

にぜんきょうの ごとく しに したがって かいを じせず.
爾前経の 如く 師に 随つて 戒を 持せず.

ただ このきょうを しんずるが すなわち じかい なり.
但 此の 経を 信ずるが 即ち 持戒 なり.

にぜんの きょうには じっかいごぐを あかさず.
爾前の 経には 十界互具を 明さず.

ゆえに ぼさつむりょうこうを へて しゅぎょうすれども 2じょう にんてん とうの よかいの くどく なく.
故に 菩薩 無量劫を 経て 修行 すれども 二乗 人天 等の 余戒の 功徳 無く.

ただ いっかいの くどくを じょうず.
但 一界の 功徳を 成ず.

ゆえに いっかいの くどくを もって じょうぶつを とげず.
故に 一界の 功徳を 以て 成仏を 遂げず.

ゆえに いっかいの くどくも また じょうぜず.
故に 一界の 功徳も 亦 成ぜず.

にぜんの ひと ほけきょうに いたりぬれば よかいの くどくを いっかいに ぐす.
爾前の 人 法華経に 至りぬれば 余界の 功徳を 一界に 具す.

ゆえに にぜんの きょう すなわち ほけきょう なり.
故に 爾前の 経 即ち 法華経 なり.

ほけきょう すなわち にぜんの きょう なり.
法華経 即ち 爾前の 経 なり.

ほけきょうは にぜんの きょうを はなれず にぜんの きょうは ほけきょうを はなれず.
法華経は 爾前の 経を 離れず 爾前の 経は 法華経を 離れず.

これを みょうほうと いう.
是を 妙法と 言う.

この さとり おこりて のちは ぎょうじゃ あごん しょうじょうきょうを よむとも.
此の 覚り 起りて 後は 行者 阿含 小乗経を 読むとも.

すなわち いっさいの だいじょうきょうを どくじゅし ほけきょうを よむ ひと なり.
即ち 一切の 大乗経を 読誦し 法華経を 読む 人 なり.

ゆえに ほけきょうに いわく しょうもんの ほうを けつりょう すれば これ しょきょうの おう なり」もん.
故に 法華経に 云く「声聞の 法を 決了 すれば 是 諸経の 王 なり」文.

あごんきょう すなわち ほけきょうと いう もん なり.
阿含経 即ち 法華経と 云う 文 なり.

「いちぶつじょうに おいて ふんべつして 3と とく」もん.
「一仏乗に 於て 分別して 三と 説く」文.

けごん ほうとう はんにゃ すなわち ほけきょうと いう もん なり.
華厳 方等 般若 即ち 法華経と 云う 文 なり.

「もし ぞくけんの きょうしょ じせいの ごごん しせいの ごう とうを とかんも みな しょうほうに じゅんず」もん.
「若し 俗間の 経書 治世の 語言 資生の 業 等を 説かんも 皆 正法に 順ず」文.

いっさいの げどう ろうし こうし とうの きょうは すなわち ほけきょうと いう もん なり.
一切の 外道 老子 孔子 等の 経は 即ち 法華経と 云ふ 文 なり.

ぼんもうきょうとうの ごんだいじょうの かいと ほけきょうの かいとに おおくの さべつ あり.
梵網経等の 権大乗の 戒と 法華経の 戒とに 多くの 差別 有り.

1には かの かいは 2じょう しちぎゃくの ものを ゆるさず.
一には 彼の 戒は 二乗 七逆の 者を 許さず.

2には かいの くどくに ぶっかを ぐせず.
二には 戒の 功徳に 仏果を 具せず.

3には かれは りゃっこうしゅぎょうの かい なり かくのごとき とうの おおくの とが あり.
三には 彼は 歴劫修行の 戒 なり 是くの 如き 等の 多くの 失 有り.

ほけきょうに おいては 2じょう しちぎゃくの ものを ゆるす うえ.
法華経に 於ては 二乗 七逆の 者を 許す 上.

はくじの ぼんぷ いっしょうの なかに ぶついに いり.
博地の 凡夫 一生の 中に 仏位に 入り.

みょうかくに いたって いんがの くどくを ぐする なり.
妙覚に 至つて 因果の 功徳を 具するなり.

しょうげん 2ねん かのえ さる 4がつ 21にち.
正元 二年 庚申 四月 二十一日.

にちれん かおう.
日蓮 花押.

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