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滝泉寺申状 (りゅうせんじ もうしじょう).
日蓮大聖人 58歳 御作.

 

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りゅうせんじ もうしじょう.
滝泉寺 申状.

こうあん 2ねん 10がつ 58さい おんさく.
弘安 二年 十月 五十八歳 御作.

するがのくに ふじ しもがた りゅうせんじの たいしゅう.
駿河の国 富士 下方 滝泉寺の 大衆.

えちごぼうにちべん しもつけぼうにっしゅう とう つつしんで べんごん す.
越後房日弁 下野房日秀 等 謹んで 弁言す.

とうじ いんしゅだい へいのさこんにゅうどう ぎょうち.
当寺 院主代 平左近入道 行智.

じょうじょうの じかを ふさぎ さえぎらんが ために ふじつの らんそを いたす.
条条の 自科を 塞ぎ 遮らんが 為に 不実の 濫訴を 致す.

いわれ なき こと.
謂れ 無き 事.

そうじょうに いわく にっしゅう にちべん にちれんぼうの でしと ごうし.
訴状に 云く 日秀 日弁 日蓮房の 弟子と 号し.

ほけきょう より ほかの よきょう あるいは しんごんの ぎょうにんは みな もって.
法華経 より 外の 余経 或は 真言の 行人は 皆 以て.

こんぜ ごせ かなうべからざるの よし これを もうす うんぬん.
今世 後世 叶う 可からざるの 由 之を 申す 云云.

この じょうは にちべんとうの ほんし にちれんしょうにん.
此の 条は 日弁 等の 本師 日蓮聖人.

さる しょうか いらいの だいぶっせい だいちどうとうを かんけんし いっさいきょうを かんがえて いわく.
去る 正嘉 以来の 大仏星 大地動 等を 観見し 一切経を 勘えて 云く.

とうじ にほんこくの ていたらく ごんしょうに しゅうじゃくし じっきょうを しつぼつせるの ゆえに.
当時 日本国の 体たらく 権小に 執著し 実経を 失没せるの 故に.

まさに ぜんだいみうの 2なんを おこすべし.
当に 前代未有の 二難を 起すべし.

いわゆる じかいほんぎゃくなん たこくしんぴつなん なり.
所謂 自界叛逆難 他国侵逼難 なり.

よって じこくの ゆえを おもい けんじつ かの だいさいなんを たいじ せらるべきの よし.
仍て 治国の 故を 思い 兼日 彼の 大災難を 対治 せらる可きの 由.

いぬる ぶんおう ねんちゅう いっかんの しょを じょうひょう す.
去る 文応 年中 一巻の 書を 上表 す.

りっしょうあんこくろんと ごうす.
立正安国論と 号す.

かんがえ もうす ところ みな もって ふごう す.
勘え 申す 所 皆 以て 符合 す.

すでに きんくの みらいきに おなじ.
既に 金口の 未来記に 同じ.

あたかも こえと ひびきとの ごとし.
宛も 声と 響との 如し.

げしょに いわく 「みぼうを しるは しょうにん なり」.
外書に 云く 「未萠を 知るは 聖人 なり」.

ないてんに いわく 「ちしゃは きを しり じゃは みずから じゃを しる」 うんぬん.
内典に 云く 「智人は 起を 知り 蛇は 自ら 蛇を 知る」 云云.

これを もって これを おもうに ほんしは あに しょうにん なるかな.
之を 以て 之を 思うに 本師は 豈 聖人 なるかな.

こうしょう うちに あり こくほう そとに もとむ べからず.
巧匠 内に 在り 国宝 外に 求む 可からず.

げしょに いわく 「りんごくに しょうにん あるは てきこくの うれいなり」 うんぬん.
外書に 云く 「隣国に 聖人 有るは 敵国の 憂 なり」 云云.

ないきょうに いわく 「くにに しょうにん あれば てん かならず しゅご す」うんぬん.
内経に 云く 「国に 聖人 有れば 天 必ず 守護 す」 云云.

げしょに いわく 「よ かならず せいちの きみ あり しかして また けんめいの しん あり」 うんぬん.
外書に 云く 「世 必ず 聖智の 君 有り 而して 復 賢明の 臣 有り」 云云.

この ほんもんを みるに しょうにん くにに あるは にほんこくの だいきにして もうここくの だいゆう なり.
此の 本文を 見るに 聖人 国に 在るは 日本国の 大喜にして 蒙古国の 大憂 なり.

しょりゅうを かり もよおして てきせんを うみに しずめ.
諸竜を 駆り 催して 敵舟を 海に 沈め.

ぼんしゃくに おおせつけて もうおうを めしとるべし.
梵釈に 仰せ付けて 蒙王を 召し取るべし.

きみ すでに けんじんに ましまさば あに しょうにんを もちいずしていたずらに たこくの せめを うれえん.
君 既に 賢人に 在さば 豈 聖人を 用いずして 徒に 他国の 逼を 憂えん.

そもそも だいかくせそん はるかに まっぽう とうじょうけんごの ときを かんがみ.
抑 大覚世尊 遙に 末法 闘諍堅固の 時を 鑒み.

かくの ごときの だいなんを たいじ すべきの ひじゅつを.
此くの 如きの 大難を 対治 す可きの 秘術を.

とき おかせらるるの きょうもん めいめいたり.
説き 置かせらるるの 経文 明明たり.

しかりと いえども にょらいの めつご 2220よねんの あいだ.
然りと 雖も 如来の 滅後 二千二百二十余年の 間.

しんどく しな ふそう とう いちえんぶだいの うちに いまだ るふせず.
身毒 尸那 扶桑 等 一閻浮提の 内に 未だ 流布せず.

したがって しえの だいし うちに かんがみて とかず.
随つて 四依の 大士 内に 鑒みて 説かず.

てんだい でんぎょう しかも のべず.
天台 伝教 而も 演べず.

とき いまだ いたらざるの ゆえなり.
時 未だ 至らざるの 故なり.

ほけきょうに いわく 「ごの 500さいの なかに えんぶだいに こうせんるふ す」 うんぬん.
法華経に 云く「後の 五百歳の 中に 閻浮提に 広宣流布 す」 云云.

てんだいだいし いわく 「ご 500さい」.
天台大師 云く 「後 五百歳」.

みょうらく いわく「ご 500さい」.
妙楽 云く 「五 五百歳」.

でんぎょうだいし いわく「よを かたれば すなわち ぞうの おわり まつの はじめ.
伝教大師 云く 「代を 語れば 則ち 像の 終り 末の 初め.

ちを たずぬれば とうの ひがし かつの にし.
地を 尋ぬれば 唐の 東 羯の 西.

ひとを たずぬれば すなわち ごじょくの せい とうじょうの とき」 うんぬん.
人を 原ぬれば 則 五濁の 生 闘諍の 時」 云云.

とうしょう せいふの みょうもん なり.
東勝 西負の 明文 なり.

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ほっす しょうにん ときを しり くにを しり ほうを しり きを しり.
法主 聖人 時を 知り 国を 知り 法を 知り 機を 知り.

きみの ため たみの ため かみの ため ほとけの ため さいなんを たいじ せらるべきの よし.
君の 為 民の 為 神の 為 仏の 為 災難を 対治 せらる可きの 由.

かんがえ もうすと いえども ごしんよう なきの うえ.
勘え 申すと 雖も 御信用 無きの 上.

あまつさえ ほうぼうにん とうの ざんげんに よって.
剰さえ 謗法人 等の 讒言に 依つて.

しょうにん あたまに きずを おい ひだりてを うちおらるる うえ.
聖人 頭に 疵を 負い 左手を 打ち折らるる 上.

りょうどまで おんるの せめを こうむり.
両度まで 遠流の 責を 蒙むり.

もんてい とう しょしょに いころされ きりころされ.
門弟 等 所所に 射殺され 切り殺され.

さつがい にんじょう きんごく るざい ちょうちゃく ひんずい めり とうの だいなん.
殺害 刃傷 禁獄 流罪 打擲 擯出 罵詈 等の 大難.

あげて かぞう べからず.
勝げて 計う 可からず.

ここに よって だいにほんこく みな ほけきょうの だいおんてきと なり.
ココに 因つて 大日本国 皆 法華経の 大怨敵と 成り.

ばんみん ことごとく いっせんだいの ひとと なるの ゆえに.
万民 悉く 一闡提の 人と 為るの 故に.

てんじん くにを すて ちじん ところを じし てんか しずか ならざるの よし.
天神 国を 捨て 地神 所を 辞し 天下 静 ならざるの 由.

ほぼ でんしょう するのあいだ その じんに あらずと いえども.
粗 伝承 するの間 其の 仁に 非ずと 雖も.

ぐあんを かえりみず ごんじょう せしむる ところ なり.
愚案を 顧みず 言上 せしむる 所 なり.

げきょうに いわく 「かんじん ちょうに あれば けんじゃ すすまず」 うんぬん.
外経に 云く 「奸人 朝に 在れば 賢者 進まず」 云云.

ないきょうに いわく 「ほうを やぶる ものを みて せめざる ものはぶっぽうちゅうの あだ なり」 うんぬん.
内経に 云く 「法を 壊る 者を 見て 責めざる 者は 仏法の 中の 怨 なり」 云云.

また ふうもんの ごとくんば こうそう とうを くっしょうして もうここくを ちょうぶく す うんぬん.
又 風聞の 如くんば 高僧 等を 崛請して 蒙古国を 調伏す 云云.

その じょうを けんぶん するに いぬる がんれき じょうきゅうの りょうてい えいざんの ざす.
其の 状を 見聞 するに 去る 元暦 承久の 両帝 叡山の 座主.

とうじ おむろ しちだいじ おんじょうじ とう けんぎょうちょうり とうの.
東寺 御室 七大寺 園城寺 等 検校長吏 等の.

もろもろの しんごんしを こい むけ だいりの ししんでんにして じゅそし たてまつる.
諸の 真言師を 請い 向け 内裏の 紫宸殿にして 咒咀し 奉る.

こ みなもとのうしょうぐん ならびに こ へいうこがの にっき なり.
故 源右将軍 並に 故 平右虎牙の 日記 なり.

この ほうを しゅうするの じんは よわくして.
此の 法を 修するの 仁は 弱くして.

これを おこなえば かならず みを めっし つよくして.
之を 行えば 必ず 身を 滅し 強くして.

これを たもてば さだめて しゅを うしなうなり.
之を 持てば 定めて 主を 失うなり.

しかれば すなわち あんとくてんのうは さいかいに ちんぼつし.
然れば 則ち 安徳天皇は 西海に 沈没し.

えいざんの みょううんは ながれやに あたり.
叡山の 明雲は 流矢に 当り.

ごとばほうおうは えびすのしまに はなち すてられ.
後鳥羽法皇は 夷島に 放ち 捨てられ.

とうじ おむろは みずから こうざんに しし.
東寺 御室は 自ら 高山に 死し.

ほくりょうの ざすは かいいの ちじょくに あう.
北嶺の 座主は 改易の 恥辱に 値う.

げんばち まなこに さえぎり こうけん これを おそる.
現罰 眼に 遮り 後賢 之を 畏る.

しょうにん さんちゅうの おんかなしみは これなり.
聖人 山中の 御悲みは 是なり.

つぎに あみだきょうを もって れいじの つとめと なすべきの よしの こと.
次ぎに 阿弥陀経を 以て 例時の 勤と 為す可きの 由の 事.

それ おもんみれば はなと つきと みずと ひと ときに よって これを もちゆ.
夫れ 以みれば 花と 月と 水と 火と 時に 依つて 之を 用ゆ.

かならずしも せんれいを おう べからず.
必ずしも 先例を 追う 可からず.

ぶっぽう また かくの ごとし ときに したがって ようしゃ す.
仏法 又 是くの 如し 時に 随つて 用捨 す.

その うえ なんじらの しゅうする ところの 4まいの あみだきょうは.
其の 上 汝等の 執する 所の 四枚の 阿弥陀経は.

40よねん みけんしんじつの しょうきょう なり.
四十余年 未顕真実の 小経 なり.

いちえんぶだい だいいちの ちしゃたる しゃりほつそんじゃは たねんの あいだ.
一閻浮提 第一の 智者たる 舎利弗尊者は 多年の 間.

この きょうを どくじゅ するも ついに じょうぶつを とげず.
此の 経を 読誦 するも 終に 成仏を 遂げず.

しかる のち かの きょうを なげうち.
然る 後 彼の 経を 抛ち.

すえに ほけきょうに いたって けこうにょらいと なる.
末に 法華経に 至つて 華光如来と 為る.

いわんや まつだい あくせの ぐにん なむあみだぶつの だいもく ばかりを となえて じゅんじ おうじょうを とぐべしや.
況や 末代 悪世の 愚人 南無阿弥陀仏の 題目 計りを 唱えて 順次 往生を 遂ぐ可しや.

ゆえに ほとけ これを いさめて いわく.
故に 仏 之を 誡めて 言く.

ほけきょうに いわく「しょうじきに ほうべんを すて ただ むじょうどうを とく」と うんぬん.
法華経に 云く「正直に 方便を 捨て 但 無上道を 説く」と 云云.

きょうしゅ しゃくそん まさしく あみだきょうを なげうち たもう うんぬん.
教主 釈尊 正しく 阿弥陀経を 抛ち たまう 云云.

また ねはんぎょうに いわく 「にょらいは こもうの ことば なしと いえども.
又 涅槃経に 云く 「如来は 虚妄の 言 無しと 雖も.

もし しゅじょうの こもうの せつに よるを しれば」と うんぬん.
若し 衆生の 虚妄の 説に 因るを 知れば」と 云云.

まさしく みだねんぶつを もって こもうと しょうする もん なり.
正しく 弥陀念仏を 以て 虚妄と 称する 文 なり.

ほけきょうに いわく「ただ ねがって だいじょうきょうてんを じゅじし.
法華経に 云く「 但 楽て 大乗経典を 受持し.

ないし よきょうの いちげをも うけざれ」 うんぬん.
乃至 余経の 一偈をも 受けざれ」 云云.

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みょうらくだいし いわく 「いわんや かの けごん ただ もって しょうひ せん.
妙楽大師 云く「況や 彼の 華厳 但 以て 称比 せん.

この きょうの ほうを もって これを けするに おなじからず.
此の 経の 法を 以て 之を 化するに 同じからず.

ゆえに ないし ふじゅよきょういちげと いう」 うんぬん.
故に 乃至 不受余経一偈と 云う」 云云.

かの けごんきょうは じゃくめつどうじょうの せつ ほうかい ゆいしんの ほうもん なり.
彼の 華厳経は 寂滅道場の 説 法界 唯心の 法門 なり.

じょうぼんは 13せかいみじんほん ちゅうぼんは 49まん8000げ げぼんは 10まんげ 48ほん.
上本は 十三世界微塵品 中本は 四十九万八千偈 下本は 十万偈 四十八品.

いま げんに いっさいきょうぞうを みるに ただ 80 60 40とうの きょう なり.
今 現に 一切経蔵を 観るに 唯 八十 六十 四十 等の 経 なり.

その ほかの ほうどう はんにゃ だいにちきょう こんごうちょうきょうとうの もろもろの けんみつ だいじょうきょう とうを.
其の 外の 方等 般若 大日経 金剛頂経 等の 諸の 顕密 大乗経 等を.

なお ほけきょうに たいとうし たてまつりて ほとけ みずから あるいは みけんしんじつと いい.
尚 法華経に 対当し 奉りて 仏 自ら 或は 未顕真実と 云い.

あるいは るなん おおきが ゆえに あるいは もんを とじよ あるいはなげうて とう うんぬん.
或は 留難 多きが 故に 或は 門を 閉じよ 或は 抛て 等 云云.

いかに いわんや あみだきょうをや.
何に 況や 阿弥陀経をや.

ただ たいざんと ぎがくとの こうげ ししおうと こととの すもう なり.
唯 大山と 蟻岳との 高下 師子王と 狐兎との 角力 なり.

いま にっしゅう とう もっぱら かれら しょうきょうを なげうち もっぱら ほけきょうを どくじゅし.
今 日秀 等 専ら 彼等 小経を 抛ち 専ら 法華経を 読誦し.

ほうかいに かいじんして なんみょうほうれんげきょうと となえ たてまつる.
法界に 勧進して 南無妙法蓮華経と 唱え 奉る.

あに ことに ちゅうに あらずや.
豈 殊 忠に 非ずや.

これらの しさい ごふしんを あい のこさば こうそう とうを めされぜひを けっせらる べきか.
此等の 子細 御不審を 相 貽さば 高僧 等を 召され 是非を 決せらる 可きか.

ぶつぽうの ゆうれつを きゅうめい いたす ことは がっし かんど にほんの せんれい なり.
仏法の 優劣を 糺明 致す 事は 月氏 漢土 日本の 先例 なり.

いま みょうじに あたって なんぞ さんごくの きゅうきに そむかんや.
今 明時に 当つて 何ぞ 三国の 旧規に 背かんや.

そじょうに いわく こんげつ 21にち あまたの にんぜいを もよおし.
訴状に 云く 今月 二十一日 数多の 人勢を 催し.

きゅうせんを たいし いんしゅぶんの ごぼうないに うちいり.
弓箭を 帯し 院主分の 御坊内に 打ち入り.

しもつけぼうは じょうめ あいぐし.
下野坊は 乗馬 相具し.

あつはらの ひゃくしょう きじろうなん たてふだを たて.
熱原の 百姓 紀次郎男 点札を 立て.

さくもうを かりとり にっしゅうの じゅうぼうに とりいれ おわんぬ うんぬん.
作毛を 苅り取り 日秀の 住房に 取り入れ 畢んぬ 云云.

この じょう あとかたも なき こたん なり.
此の 条 跡形も 無き 虚誕 なり.

にっしゅうらは ぎょうちに そんもう せられし ぎょうじゃ なり.
日秀等は 行智に 損亡 せられし 行者 なり.

ふあんどの うえは だれの ひとか.
不安堵の 上は 誰の 人か.

にっしゅうらの たてふだを じょうよう せしむべき.
日秀等の 点札を 叙用 せしむ可き.

はたまた おうにゃくなる どみんの やから にっしゅうらに やとい こされんや.
将た又 オウ弱なる 土民の 族 日秀等に 雇い 越されんや.

しからば きゅうせんを たいし あくぎょうを くわだつるに おいては.
然らば 弓箭を 帯し 悪行を 企つるに 於ては.

ぎょうち いわく きんりんの ひとびと あらそって きゅうせんを うばいとり.
行智 云く 近隣の 人人 争つて 弓箭を 奪い取り.

その みに めし とると いうが ごとき しさいを もうさざるや.
其の 身に 召し 取ると 云うが 如き 子細を 申さざるや.

きょうじきの いたり よろしく けんさつに たるべし.
矯飾の 至り 宜しく 賢察に 足るべし.

にっしゅう にちべんらは とうじ だいだいの じゅうりょとして ぎょうほうの くんじゅうを つみ.
日秀 日弁等は 当寺 代代の 住侶として 行法の 薫修を 積み.

てんちょうちきゅうの ごきとうを いたすの ところに.
天長地久の 御祈祷を 致すの 処に.

ぎょうちは たちまちに とうじれいちの いんしゅだいに ほし.
行智は 乍に 当寺霊地の 院主代に 補し.

じけ みかわぼうらいえん ならびに しょうぼうにちぜん にっしゅう にちべんとうに ぎょうち より おおせて.
寺家 三河房頼円 並に 少輔房日禅 日秀 日弁等に 行智 より 仰せて.

ほけきょうに おいては ふしんようの ほう なり.
法華経に 於ては 不信用の 法 なり.

すみやかに ほけきょうの どくじゅを ちょうじし いっこうに あみだきょうを よみ.
速に 法華経の 読誦を 停止し 一向に 阿弥陀経を 読み.

ねんぶつを もうすべきの よし しょうもんを かけば あんど すべきのむね げち せしむるの あいだ.
念仏を 申す可きの 由の 起請文を 書けば 安堵 す可きの 旨 下知 せしむるの 間.

らいえんは げちに したがって きしょうを かいて あんど せしむと いえども.
頼円は 下知に 随つて 起請を 書いて 安堵 せしむと 雖も.

にちぜんらは きしょうを かかざるに よって しょしきの じゅうぼうを うばいとるの とき.
日禅等は 起請を 書かざるに 依つて 所職の 住坊を 奪い取るの 時.

にちぜんは すなわち りさんせしめ おわんぬ.
日禅は 即ち 離散せしめ 畢んぬ.

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にっしゅう にちべんは ぶらいの み たるに よって しょえんを あいたのみ.
日秀 日弁は 無頼の 身 たるに 依つて 所縁を 相憑み.

なお じちゅうに きしゅく せしむるの あいだ この 4かねんの ほど.
猶 寺中に 寄宿 せしむるの 間 此の 四箇年の 程.

にっしゅうらの しょしきの じゅうぼうを うばい とり.
日秀等の 所職の 住坊を 奪い 取り.

げんじゅうの ごきとうを うちとどむるの あまり あくぎょう なおもって あきたらず ために.
厳重の 御祈祷を 打ち止むるの 余り 悪行 猶以て 飽き足らず 為に.

ほけきょうぎょうじゃの あとを けずり ぼうあんを かまえて.
法華経行者の 跡を 削り 謀案を 構えて.

しゅじゅの ふじつを もうしつくるの じょう あに ざいせの ちょうだつに あらずや.
種種の 不実を 申し付くるの 条 豈 在世の 調達に 非ずや.

およそ ぎょうちの しょいは ほっけさんまいの くそう.
凡そ 行智の 所行は 法華三昧の 供僧.

いずみぼうれんかいを もって ほけきょうを しぶかみに つくり.
和泉房蓮海を 以て 法華経を 柿紙に 作り.

こんがたを ほり どうしゃの しゅうじを なす.
紺形を 彫り 堂舎の 修治を 為す.

にちべんに おんかきくだしを たまい かまえおく ところの.
日弁に 御書下を 給い 構え置く 所の.

うわぶきくれ 1まん2000すんの うち 8000すんを これを しよう せしむ.
上葺榑 一万二千寸の 内 八千寸を 之を 私用 せしむ.

しもかたの まんどころだいに すすめ.
下方の 政所代に 勧め.

いぬる 4がつ ごしんじの さいちゅうに ほけきょうしんじんの ぎょうにん しろうなんを にんじょう せしめ.
去る 四月 御神事の 最中に 法華経信心の 行人 四郎男を 刄傷 せしめ.

さる 8がつ やしろうぼうなんの くびを きらしむ.
去る 八月 弥四郎坊男の 頸を 切らしむ.

にっしゅうら くびを はぬと ぎする ことを この なかに かき いれよ.
日秀等 頸を 刎ぬと 擬する 事を 此の 中に 書き 入れよ.

むちむさいの ぬすびと ひょうぶぼうじょういん より かりょうを とり.
無智無才の 盗人 兵部房静印 より 過料を 取り.

きりょうの じんと しょうして とうじの くそうに ほせしめ.
器量の 仁と 称して 当寺の 供僧に 補せしめ.

あるいは じないの ひゃくしょうらを うながし.
或は 寺内の 百姓等を 催し.

うずらがり たぬきころし ししおちのしかを とりて べっとうの ぼうにおいて これを くらい.
鶉狩 狸殺 狼落の鹿を 取りて 別当の 坊に 於て 之を 食らい.

あるいは どくぶつを ぶつぜんの いけに いれ そこばくの ぎょるいを ころし.
或は 毒物を 仏前の 池に 入れ 若干の 魚類を 殺し.

むらざとに だして これを うる.
村里に 出して 之を 売る.

けんぶんの ひと じもくを おどろかさざるは なし.
見聞の 人 耳目を 驚かさざるは 莫し.

ぶっぽう はめつの もとい かなしんで あまり あり.
仏法 破滅の 基 悲んで 余り 有り.

かくの ごとき ふぜんの あくぎょう ひび あいつもるの あいだ.
此くの 如き 不善の 悪行 日日 相積るの 間.

にっしゅうら しゅうたんの あまり よって じょうもんを おどろかさんと ほっす.
日秀等 愁歎の 余り 依つて 上聞を 驚かさんと 欲す.

ぎょうち じょうじょうの じかを ふさがんが ために しゅじゅの ひけいを めぐらし.
行智 条条の 自科を 塞がんが 為に 種種の 秘計を 廻らし.

きんりんの ともがらを あいかたらい さえぎって あとかたも なき ふじつを もうしつけ.
近隣の 輩を 相語らい 遮つて 跡形も 無き 不実を 申し付け.

にっしゅうらを そんもう せしめんと ぎするの じょう.
日秀等を 損亡 せしめんと 擬するの 条.

ごんごどうだんの しだい なり.
言語道断の 次第 なり.

みょうに つけ けんに つけ いましめの ごぶさた なからんや.
冥に 付け 顕に 付け 戒めの 御沙汰 無からんや.

しょせん ぶっぽうの ごんじつしょうたの しんぎ えんでいを きわめて おたずね あり.
所詮 仏法の 権実沙汰の 真偽 淵底を 究めて 御尋ね 有り.

もしくは じょうたいの きんげんに まかせ もしくは しきじょうの みょうもんに じゅんじ.
且は 誠諦の 金言に 任せ 且は 式条の 明文に 准じ.

きんあつを くわえられば しゅごの ぜんじんは へんを けし.
禁遏を 加えられば 守護の 善神は 変を 消し.

おうごの しょてんは えみを ふくまん.
擁護の 諸天は 咲を 含まん.

しかれば すなわち ふぜん あくぎょうの いんしゅだい ぎょうちを かいえ きせられ.
然れば 則ち 不善 悪行の 院主代 行智を 改易 せられ.

はたまた ほんしゅ この じゅうかを のがれ がたからん.
将た又 本主 此の 重科を 脱れ 難からん.

なんぞ じっそうじに れいじょ せん.
何ぞ 実相寺に 例如 せん.

あやまらざるの どうりに まかせて にっしゅう にちべんらは.
誤まらざるの 道理に 任せて 日秀 日弁等は.

あんどの ごせいばいを こうむり どうしゃを しゅうり せしめ.
安堵の 御成敗を 蒙むり 堂舎を 修理 せしめ.

てんちちきゅう ごきとうの ちゅうきんを ぬきんでんと ほっす.
天長地久 御祈祷の 忠勤を 抽んでんと 欲す.

よって じょうを ろくし ひちん ごんじょう くだんの ごとし.
仍て 状を 勒し 披陳 言上 件の 如し.

こうあん 2ねん 10がつ にち.
弘安 二年 十月 日.

しゃもん にっしゅう にちべん とう たてまつる.
沙門 日秀 日弁 等 上.

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