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兄弟抄(きょうだいしょう) 背景と大意

 
 
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ぶんえい 12ねん(1275ねん) 4がつ、にちれんだいしょうにん 54さいの おんとき、みのぶで したためられ、いけがみ きょうだいに あたえられた ごしょである。
あにの むねなか、おとうとの むねながは、しじょうきんごと ほぼ どうじきに にちれんだいしょうにんの でしと なったが、ちちの やすみつが ごくらくじりょうかんの ねっしんな しんじゃであったため、きょうだいの しんじんに はんたいし、あにの ぬねなかを かんどうした。
だいしょうにんは、きょうだい、ならびに きょうだいのつまが だんけつし、たいてんすることなく しんじんを まっとうするように しどう されている。

ほんしょうには、ほけきょうが たきょうに すぐれ とうとい きょうてんで あること、ほけきょうを すてるならば むけん じごくに おちること、ほけきょうを きょうのごとく ぎょうずる ひとには あいがたいこと、また、ほけきょうをしんこうすれば、かならずまがしつげんする、かこせの ほうぼうの つみが あらわれて だいなんが おこることが のべられている。

だいしょうにんは、「この ほうもんを もうすには かならず ま しゅったいすべし、ま きそわずば しょうほうと しるべからず」、「こころの しとは なるとも こころを しと せざれ」としたためられ、ぶつどうを じょうじゅするよう はげまされている。
けっか、あにの かんどうは にどに わたったが、きょうだい ふうふは いっちだんけつし、ちちをいさめ、ついに ほけきょうに きえさせた。



b
文永12年(1275年)4月、日蓮大聖人 54歳の御時、身延で認められ、池上兄弟に与えられた御書である。
兄の宗仲(むねなか)、弟の宗長(むねなが)は、四条金吾とほぼ同時期に日蓮大聖人の弟子となったが、父の康光(やすみつ)が極楽寺良観の熱心な信者であったため、兄弟の信心に反対し、兄の宗仲を勘当した。
大聖人は、兄弟、並びに兄弟の妻が団結し、退転することなく信心を全うするよう指導されている。
本抄には、法華経が他経に勝れて尊い経典であること、法華経を捨てるならば無間地獄に堕ちること、法華経を経のごとく行ずる人には会い難いこと、また、法華経を信仰すれば、必ず魔が出現する、過去世の謗法の罪が現れて大難が起こることが述べられている。

大聖人は、「此の法門を申すには 必ず魔 出来すべし、魔 競はずは 正法と知るべからず」、「心の師とは なるとも 心を師とせざれ」と認められ、仏道を成就するよう励まされている。
結果、兄の勘当は二度に渡ったが、兄弟夫婦は一致団結し、父を諌め、ついに法華経に帰依させた。
 

 
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