c1318.
千日尼御返事(別名、こうし たから ごしょ) 背景と大意

 
 
a
こうあん 3ねん (1280ねん) 7がつ ふつか、にちれんだいしょうにん 59さいの おんとき、せんにちあまに あたえられた しょじょう。
ほんしょうは、「こに すぎたる たから なし」との ごしどう から、べつめいを こうし たから ごしょと いう。
さどの あぶつぼう なきあと、あぶつぼうの つまである せんにちあまの こ、ふじくろうが くようの しなを たずさえて みのぶに もうでたとき、せんにちあまに あたえられた おてがみ。
ほけきょうを たもつ ものは ひとりも かける ことなく じょうぶつすると のべられ、あぶつぼうの じょうぶつは まちがいないと やくそく されている。
さらに むすこの ふじくろうの おやこうこうを ほめられ、「こに すぎたる たから なし」と のべられている。
いかに ほんしょうの とくちょうてきな ごもんを しめす。
「おとこわ はねのごとし おんなわ みのごとし はねとみと べつべつになりなば なにをもってか とぶべき」
「こに すぎたる たから なし」



b
弘安3年(1280年)7月2日、日蓮大聖人 59歳の御時、千日尼に与えられた御書。
本抄は、「子にすぎたる財なし」とのご指導から、別名を孝子財御書という。
佐渡の阿仏房亡き後、阿仏房の妻である千日尼の子、藤九郎が供養の品を携えて身延に詣でた時、千日尼に与えられたお手紙。
法華経を持つものは一人も欠けることなく成仏すると述べられ、阿仏房の成仏はまちがいないと約束されている。
さらに息子の藤九郎の親孝行をほめられ、「子にすぎたる財なし」と述べれている。

以下に本抄の特徴的な御文を示す。
「をとこは 羽のごとし 女は みのごとし 羽とみと べちべちに なりなば なにを もつてか とぶべき」
「子に すぎたる 財 なし」

 
→a1318
→b1318
 ホームページトップ
inserted by FC2 system