c1448.
椎地四郎殿御書 背景と大意

 
 
a
こうちょう がんねん (1261ねん) 
にちれん だいしょうにん 40さいの おんとき 
かまくらから しいじ しろうに あたえられた ごしょうそく。
にょと とくせん ごしょともいう。

ぜんはんわ まっぽうに しゅつげんする ほけきょうの ぎょうじゃわ 
かならず だいなんに あい 
だいなんが なければ ほけきょうの ぎょうじゃでは ないと とかれ 
しんじん ごうじょうに はげむべきことを あかされている。
こうはんわ ほけきょう やくおう ぼさつ ほんじほん だい23の 
「にょと とくせん」の もんを しめされ 
しょうじの うみを わたる ふねに のる しかくのあるものわ 
にちれん だいしょうにんの でし だんなで あることを ごきょうじ されている。



b
弘長元年(1261年)4月28日、日蓮大聖人40歳の御時 
鎌倉から 椎地四郎に与えられた御消息。
如渡得船御書(にょととくせんごしょ)ともいう。

前半は 末法に出現する 法華経の行者は 必ず大難にあい 
大難がなければ 法華経の行者ではないと説かれ 
信心強情に 励むべきことを 明かされている。
後半は 法華経 薬王菩薩 本事品 第二十三の 
「如渡得船(にょととくせん)」の文を示され 
生死の海を渡る船に 乗る資格のあるものは 
日蓮大聖人の弟子 檀那であることを ご教示されている。
 

 
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