c975.
富木尼御前御返事(ときあまごぜん ごへんじ) 背景と大意.

 
 
a
けんじ 2ねん(1276ねん)3がつ 27にち、にちれんだいしょうにん 55さいの おんとき、みのぶから ときじょうにんの つまに あてられた ごしょ。
おっとの ときじょうにんが なき ははの いこつを ほうじ、しもうさの くに(ちばけん いちかわし)から、みのぶの だいしょうにんの もとに さんけいした おりに、ときじょうにんに たくして びょうき のあまごぜんに あたえられた てがみである。
あまごぜんの ないじょの こうを ほめられ、つぎに あまごぜんの びょうきを しんぱいされ、ぼうとう ほけきょうによって じゅみょうを のばした れいを のべられ、さいごに にょにんじょうぶつが うたがいないことを ごきょうじ されている。



b
建治2年(1276年)3月27日、日蓮大聖人 55歳の御時、身延から富木常忍の妻に宛てられた御書。
夫の富木常忍が亡き母の遺骨を奉じ、下総国(千葉県市川市)から、身延の大聖人のもとに参詣した折に、富木常忍に託して病気の尼御前与えられた手紙である。
冒頭 尼御前の内助の功をほめられ、次に尼御前の病気を心配され、法華経によって寿命を延ばした例を述べられ、最後に女人成仏が疑いないことをご教示されている。

 
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