b1504から1506.
上野殿後家尼御返事(うえのどの ごけあま ごへんじ)
日蓮大 聖人 53歳御作.

 

b1504

うえのどの ごけあま ごへんじ.
上野殿 後家尼 御返事.

ぶんえい じゅういちねん しちがつ 53んさい おんさく.
文永 十一年 七月 五十三歳 御作.
 
ごくようの もの しゅじゅ たび おわんぬ. 
御供養の 物 種種 給 畢んぬ、.

そもそも うえのどの しきょの のちは おとずれ めいど より そうろうやらん.
抑も 上野殿 死去の 後は・をとづれ 冥途 より 候やらん・.

きかまほしく おぼえ そうろう.
きかまほしく をぼへ 候、.

ただし あるべしとも おぼえず もし ゆめに あらずんば.
ただし あるべしとも・をぼへず、もし 夢に あらずんば・.

すがたを みる こと よも あらじ.
すがたを みる 事 よも あらじ、.

まぼろしに あらずんば みみえ たもう こと いかが そうらわん.
まぼろしに あらずんば・みみえ 給う 事 いかが 候はん、.

さだめて りょうぜんじょうどにて さばの ことをば ちゅうやに きき ごらんじ そうらむ.
さだめて 霊山浄土にて さばの 事をば・ちうやに きき 御覧じ 候らむ、.

さいしらは にくがん なれば みさせ きかせ たもう ことなし.
妻子等は 肉眼 なれば みさせ・きかせ 給う 事なし・.

ついには いっしょと おぼしめせ.
ついには 一所と をぼしめせ、.

しょうじょうよよの あいだ.
生生世世の 間.

ちぎりし おっとは たいかいの いさごの かずよりも おおく こそ おわしまし そうらいけん.
ちぎりし 夫は 大海の いさごの かずよりも・ををく こそ をはしまし 候いけん、.

こんどの ちぎり こそ まことの ちぎりの おとこよ.
今度の ちぎり こそ・まことの ちぎりの をとこよ、.

その ゆえは おとこの すすめに よりて ほけきょうの ぎょうじゃと ならせ たまえば.
その ゆへは・をとこの すすめに よりて 法華経の 行者と ならせ 給へば.

ほとけと おがませ たもうべし.
仏と をがませ 給うべし、.

いきて おわしき ときは せいの ほとけ いまは しの ほとけ しょうじ ともに ほとけ なり.
いきて をはしき 時は 生の 仏・今は 死の 仏・生死 ともに 仏 なり、.

そくしんじょうぶつと もうす だいじの ほうもん これなり.
即身成仏と 申す 大事の 法門 これなり、.

ほけきょうの だい4に いわく.
法華経の 第四に 云く、.

「もし よく たもつこと あれば すなわち ぶっしんを たもつなり」うんぬん.
「若し 能く 持つこと 有れば 即ち 仏身を 持つなり」云云。.

それ じょうどと いうも じごくと いうも ほかには そうらわず.
夫れ 浄土と 云うも 地獄と 云うも 外には 候はず・.

ただ われらが むねの あいだに あり.
ただ 我等が むねの 間に あり、.

これを さとるを ほとけと いう これに まようを ぼんぷと いう.
これを さとるを 仏と いふ・これに まよふを 凡夫と 云う、.

これを さとるは ほけきょう なり.
これを さとるは 法華経 なり、.

もし しからば ほけきょうを たもち たてまつる ものは.
もし しからば 法華経を たもち たてまつる ものは.

じごく そく じゃっこうと さとり そうろうぞ.
地獄 即 寂光と さとり 候ぞ、.

たとい むりょう おくさいの あいだ ごんきょうを しゅぎょうすとも.
たとひ 無量億歳の あひだ 権教を 修行すとも、.

ほけきょうを はなるる ならば ただ いつも じごく なるべし.
法華経を はなるる ならば・ただ いつも 地獄 なるべし、.

この こと にちれんが もうすには あらず.
此の 事 日蓮が 申すには あらず・.

しゃかぶつ たほうぶつ じっぽうぶんしんの しょぶつの さだめおき たまいしなり.
釈迦仏・多宝仏・十方分身の 諸仏の 定めをき 給いしなり、.

されば ごんきょうを しゅぎょうする ひとは ひに やくる もの また ひの なかへ いり.
されば 権教を 修行する 人は 火に やくる もの 又 火の 中へ いり、.

みずに しずむ もの なお ふちの そこへ いるが ごとし.
水に しづむ もの なを ふちの そこへ 入るが ごとし、.

ほけきょうを たもたざる ひとは ひと みずとの なかに いたるが ごとし.
法華経を たもたざる 人は 火と 水との 中に いたるが ごとし、.

ほけきょう ひぼうの あくちしきたる ほうねん こうぼう などを たのみ.
法華経 誹謗の 悪知識たる 法然・弘法 等を たのみ・.

あみだきょう だいにちきょう などを しんじ たまうは.
阿弥陀経・大日経等を 信じ 給うは・.

なお ひより ひの なか みずより みずの そこへ いるが ごとし.
なを 火より 火の 中・水より 水の そこへ 入るが ごとし、.

いかでか くげんを まぬかる べきや.
いかでか 苦患を まぬかる べきや、.

→a1504

b1505

とうかつ こくじょう むけんじごくの かきょう ぐれん だいぐれんの こおりの そこに.
等活・黒繩・無間地獄の 火坑・紅蓮・大紅蓮の 冰の 底に.

いり しずみ たまわん こと うたがい なかるべし.
入り しづみ 給はん 事 疑 なかるべし、.

ほけきょうの だい2に いわく.
法華経の 第二に 云く.

「その ひと みょうじゅうして あびごくに いり かくの ごとく てんでんして むしゅこうに いたらん」うんぬん.
「其の 人 命終して 阿鼻獄に 入り 是くの 如く 展転して 無数劫に 至らん」云云。.

こ しょうりょうは この くを まぬかれ たまい.
故 聖霊は 此の 苦を まぬかれ 給い・.

すでに ほけきょうの ぎょうじゃたる にちれんが だんな なり.
すでに 法華経の 行者たる 日蓮が 檀那 なり、.

きょうに いわく 「たとい たいかに いるも ひも やくこと あたわず.
経に 云く「設い 大火に 入るも 火も 焼くこと 能わず、.

もし たいすいに ただよわされても その みょうごうを となうれば すなわち あさき ところを えん」.
若し 大水に 漂わされ為も 其の 名号を 称れば 即ち 浅き 処を 得ん」.

また いわく「ひも やくこと あたわず みずも ただよわすこと あたわず」うんぬん.
又 云く「火も 焼くこと 能わず 水も 漂すこと 能わず」云云、.

あら たのもしや たのもしや.
あら たのもしや・たのもしや、.

せんずるところ じごくを そとに もとめ.
詮ずるところ 地獄を 外に もとめ.

ごくそつの てつじょう あぼうらせつの かしゃくの こえ べつに これなし.
獄卒の 鉄杖 阿防羅刹の かしやくの こゑ 別に これなし、.

この ほうもん ゆゆしき だいじ なれども.
此の 法門 ゆゆしき 大事 なれども、.

あまに たいし まいらせて おしえ まいらせん.
尼に たいし まいらせて・おしへ まいらせん、.

れいせば りゅうにょに たいして もんじゅぼさつは そくしんじょうぶつの ひほうを とき たまいしが ごとし.
例せば 竜女に たいして 文殊菩薩は 即身成仏の 秘法を とき 給いしが ごとし、.

これを きかせ たまいて のちは いよいよ しんじんを いたさせ たまえ.
これを きかせ 給いて 後は・いよいよ 信心を いたさせ 給へ、.

ほけきょうの ほうもんを きくに つけて.
法華経の 法門を きくに つけて・.

なおなお しんじんを はげむを まことの どうしんしゃとは もうすなり.
なをなを 信心を はげむを・まことの 道心者とは 申すなり、.

てんだい いわく「じゅうらんにしょう」うんぬん. 
天台 云く「従藍而青」云云、.

この しゃくの こころは あいは はの ときよりも なお そむれば いよいよ あおし.
此の 釈の 心は あいは 葉の ときよりも・なを そむれば・いよいよ あをし、.

ほけきょうは あいの ごとし.
法華経は あいの ごとし.

しゅぎょうの ふかきは いよいよ あおきが ごとし.
修行の ふかきは・いよいよ あをきが ごとし。.

じごくと いう にじをば つちを ほると よめり.
地獄と 云う 二字をば つちを ほると よめり、.

ひとの しする とき つちを ほらぬ もの そうろう べきか.
人の 死する 時 つちを ほらぬ もの 候 べきか、.

これを じごくと いう.
これを 地獄と 云う、.

しにんを やく ひは むけんの かえん なり.
死人を やく 火は 無間の 火炎 なり、.

さいし けんぞくの しにんの ぜんごに あらそい ゆくは ごくそつ あぼうらせつ なり.
妻子・眷属の 死人の 前後に あらそひ ゆくは 獄卒・阿防羅刹 なり、.

さいしらの かなしみ なくは ごくそつの こえなり.
妻子等の かなしみ なくは 獄卒の こゑなり、.

にしゃく ごすんの つえは てつじょう なり.
二尺 五寸の 杖は 鉄杖 なり・.

うまは めず うしは ごず なり.
馬は 馬頭・牛は 牛頭 なり、.


あなは むけんだいじょう はちまんよんせんの かまは はちまんよんせんの じんろうもん.
穴は 無間大城・八万四千の かまは 八万四千の 塵労門・.

いえを きり いずるは しでの やま.
家を きり いづるは 死出の 山・.

こうしの かわの ほとりに たたずむは さんずの あいが なり.
孝子の 河の ほとりに たたずむは 三途の 愛河 なり、.

べつに もとむること はかなし はかなし.
別に 求むる 事は かなし はかなし、.

この ほけきょうを たもち たてまつる ひとは これを うちかえし.
此の 法華経を たもち たてまつる 人は 此れを うちかへし・.

じごくは じゃっこうど かえんは ほうしんにょらいの ちか.
地獄は 寂光土・火焔は 報身如来の 智火・.

しにんは ほっしんにょらい かきょうは だいじひいしつの おうじんにょらい.
死人は 法身如来・火坑は 大慈悲為室の 応身如来、.

また つえは みょうほうじっそうの つえ さんずの あいがは しょうじそくねはんの たいかい.
又 つえは 妙法実相の つえ、三途の 愛河は 生死即涅槃の 大海・.

しでの やまは ぼんのうそくぼだいの じゅうざん なり.
死出の 山は 煩悩即菩提の 重山 なり、.

かく おんこころえさせ たまえ.
かく 御心得させ 給へ・.

そくしんじょうぶつ とも かいぶつちけん とも これをさとり これを ひらくを もうすなり.
即身成仏 とも 開仏知見 とも これを さとり・これを ひらくを 申すなり、.

だいばだったは あびごくを じゃっこう ごくらくと ひらき.
提婆達多は 阿鼻獄を 寂光 極楽と ひらき、.

りゅうにょが そくしんじょうぶつも これより ほかは そうらわず.
竜女が 即身成仏も これより 外は 候はず、.

ぎゃくそくぜじゅんの ほけきょう なればなり.
逆即是順の 法華経 なればなり・.

これ みょうの いちじの くどく なり.
これ 妙の 一字の 功徳 なり。.

→a1505

b1506

りゅうじゅぼさつの いわく.
竜樹菩薩の 云く.

「たとえば だいやくしの よく どくを へんじて くすりと なすが ごとし」うんぬん.
「譬えば 大薬師の 能く 毒を 変じて 薬と 為すが 如し」云云、.

みょうらくだいし いわく「あに がやを はなれて べつに じょうじゃくを もとめん.
妙楽大師 云く「豈伽耶を 離れて 別に 常寂を 求めん.

じゃっこうの ほか べつに しゃば あるに あらず」うんぬん.
寂光の 外・別に 娑婆 有るに 非ず」云云、.

また いわく.
又 云く.

「じっそうは かならず しょほう しょほうは かならず じゅうにょ.
「実相は 必ず 諸法・諸法は 必ず 十如・.

じゅうにょは かならず じっかい じっかいは かならず しんど なり」うんぬん.
十如は 必ず 十界・十界は 必ず 身土 なり」云云、.

ほけきょうに いわく「しょほうじっそう ないし ほんまつくきょうとう」うんぬん.
法華経に 云く「諸法実相 乃至・本末究竟等」云云、.

じゅりょうほんに いわく.
寿量品に 云く.

「われ じつに じょうぶつして より このかた むりょうむへん なり」とう うんぬん.
「我 実に 成仏して より 已来 無量無辺 なり」等云云、.

この きょうもんに われと もうすは じっかい なり.
此の 経文に 我と 申すは 十界 なり・.

じっかいほんぬの ほとけ ならば じょうどに じゅうする なり.
十界本有の 仏 なれば 浄土に 住する なり、.

ほうべんぽんに いわく.
方便品に 云く.

「そのほうは ほういに じゅうして せけんの そう じょうじゅう なり」うんぬん.
「是の 法は 法位に 住して 世間の 相 常住 なり」云云、.

せけんの ならいとして さんぜじょうごうの そう なれば.
世間の ならひとして 三世常恒の 相 なれば・.

なげくべきに あらず おどろくべきに あらず.
なげくべきに あらず・をどろくべきに あらず、.

そうの いちじは はっそうなり はっそうも しょうじの にじを いでず.
相の 一字は 八相なり・八相も 生死の 二字を いでず、.

かくさとるを ほけきょうの ぎょうじゃの そくしんじょうぶつと もうすなり.
かくさとるを 法華経の 行者の 即身成仏と 申すなり、.

こ しょうりょうは この きょうの ぎょうじゃなれば そくしんじょうぶつ うたがいなし.
故 聖霊は 此の 経の 行者なれば 即身成仏 疑いなし、.

さのみ なげき たもうべからず また なげきたもうべきが ぼんぷの ことわり なり.
さのみ なげき 給うべからず、又 なげき 給うべきが 凡夫の ことわり なり、.

ただし しょうにんの うえにも これ あるなり.
ただし 聖人の 上にも・これ あるなり、.

しゃかぶつ ごにゅうめつの とき しょだいでしらの さとりの なげき.
釈迦仏・御入滅の とき 諸大弟子等の さとりの なげき・.

ぼんぷの ふるまいを しめし たもうか.
凡夫の ふるまひを 示し 給うか。.

いかにも いかにも ついぜんくようを こころの およぶ ほど はげみ たもうべし.
いかにも・いかにも 追善供養を 心の をよぶ ほど はげみ 給うべし、.

ことくの ことばにも しんちを くしきに もち.
古徳の ことばにも 心地を 九識に もち.

しゅぎょうをば ろくしきに せよと おしえ たもう.
修行をば 六識に せよと・をしへ 給う・.

ことわりにもや そうらわん.
ことわりにもや 候らん.

この もんには にちれんが ひぞうの ほうもん かきて そうろうぞ.
此の 文には 日蓮が 秘蔵の 法門 かきて 候ぞ、.

ひしさせ たまえ ひしさせ たまえ あなかしこ あなかしこ.
秘しさせ 給へ・秘しさせ 給へ、あなかしこ・あなかしこ。.

しちがつ 11にち.
七月 十一日.

にちれん かおう.
日蓮 花押.

うえのどの ごけあま ごぜん ごへんじ.
上野殿 後家尼 御前御返事.

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