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諸経と法華経と難易の事 (しょきょうと ほけきょうと なんいの こと) 背景と大意.

 
 
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こうあん 3ねん(1280ねん)5がつ 26にち、にちれんだいしょうにん 59さいの おんとき、ときじょうにんに あたえられた ごしょ。
ときじょうにんが「なんしんなんげ」に ついて しつもんを よせた ことに たいし、もんどうけしきで こたえられている。
しゃくそん いがい、なんしんなんげの くを ただしく よんだのは りゅうじゅ、てんだい、でんぎょうの 3にん のみで あると のべられ、つぎに ほけきょうは がんぽんのむみょうを きる りけんで あり、しんごんと じょうどの きょうてんは じゃぎで ある ことを しめされている。
さいごに、ぶっぽうと せほうの かんけいを あかされ、「ぶっぽうは たいの ごとし せけんは かげの ごとし たい まがれば かげ ななめ なり」と のべられ、だいしょうにんもんかは ぶついに したがい じょうぶつし、たしゅうは じゃぎで あるが ゆえに くかいに しずむと むすばれている。



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弘安3年(1280年)5月26日、日蓮大聖人 59歳の御時、富木常忍に与えられた御書。
冨木常忍が「難信難解」について質問を寄せたことに対し、問答形式で回答されている。
釈尊以外、難信難解の句を正しく読んだのは竜樹、天台、伝教の3人のみであると述べられ、次に法華経は元品の無明を切る利剣であり、真言と浄土の経典は邪義であることを示されている。
最後に、仏法と世法の関係を明かされ、「仏法は 体の ごとし 世間は かげの ごとし 体 曲れば 影 ななめなり」と述べられ、大聖人門下は仏意に従い成仏し、他宗は邪義であるゆえに苦海に沈むと結ばれている。

 
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