c
150から154.
蓮盛抄(れんじょうしょう)
別名、禅宗問答抄(ぜんしゅう もんどうしょう) 背景と大意.

 
 
a
けんちょう しちねん(1255ねん)、にちれんだいしょうにん 34さいの おんとき、なんじょうときみつに あたえられた ごしょ。
だいしょうにんが りっしゅう まもない ころの しょで、もんどうけいしきに よって ぜんしゅうを はしゃく されている。
れんしょう という じんぶつに あてられた しょ であるが、 この じんぶつに ついては あきらか ではない。
ほんしょうは ぜんしゅうの もちいている「だいぼんてんのう もんぶつ けつぎきょう」は ぎきょうで あり、 「ほとけの しょうほうが まかかしょう のみに ふぞく された」と しゅちょうする ぜんしゅうの あやまり、また、ぜんしゅうの 「ぜしんそくぶつ」「そくしんぜぶつ」、すなわち 「じぶんの こころが そのまま ほとけで あり、この みが ほとけで ある」との かんがえを ぞうじょうまんで あると ひはん された うえで きょうもんを ひいて はしゃく されている。
さらに 「きょうげべつでん ふりゅうもんじ」のせつも、「ほとけの そとに たつと いうなら げどうの でし である。もじを たてずと いいながら もじを もちいて ほうを つたえている」と つうれつに はしゃく されている。
さいごに 「しゅうじょうを あらためて ほっけに きふ くすべし」と むすばれて いる。



b
建長7年(1255年)、日蓮大聖人 34歳の御時、の御述作。
大聖人が立宗間もないころの書で、問答形式によって禅宗を破折されている。
蓮盛(れんしょう)という人物に宛てられた書であるが、この人物については明らかでない。
本抄は禅宗の用いている「大梵天王問仏決疑経」は偽経であり、「仏の正法が摩訶迦葉のみに付属された」と主張する禅宗の誤り、また、禅宗の「是心即仏」「即身是仏」、すなわち「自分の心がそのまま仏であり、この身が仏である」との考えを増上慢であると批判された上で経文を引いて破折されている。
さらに「教外別伝不立文字」の説も、「仏の外に立つというなら外道の弟子である。文字を立てずといいながら文字を用いて法を伝えている」と痛烈に破折されている。
最後に「執情を改めて法華に帰伏すべし」と結ばれている。

 
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